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イッテン Itten, Johannes

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イッテン
Itten, Johannes

[生]1881.11.11. シュワルツェンエック
[没]1967.3.25. チューリヒ
スイスの画家,彫刻家。シュツットガルト美術学院でアドルフ・ヘルツェルに学び,特にその色彩調和論の影響を受け,初めて抽象画を描く。1916年ウィーンのアカデミー校長,1919~23年ワイマールのバウハウスで教える。1938~53年チューリヒの応用美術学校校長,博物館館長を務めた。主著『色彩芸術』 Kunst der Farbe(1961)。

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世界大百科事典 第2版の解説

イッテン【Johannes Itten】

1888‐1967
スイス出身の造形教育家。ベルン近郊生れ。最初,キュビスムの影響による抽象絵画を描く。1919年グロピウスに招かれてバウハウスに加わり,〈予備過程Vorkurs〉を創設し,またクレー,カンディンスキーらを招来した。23年グロピウスとの思想的対立から同校を去るが,その後もドイツ,スイスなどで造形教育を続け,多くの学生を育てた。イッテンの教育は視覚,触覚,身体運動など無意識に経験されているものを意識化する訓練を通じて,色彩と形態における対比など美術の基本的原理と学生自らの個性を発見させるというものだった。

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大辞林 第三版の解説

イッテン【Johannes Itten】

1888~1967) ドイツの色彩学者・画家。バウハウスの教師として美術教育学に一境地を開く。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イッテン
いってん
Johannes Itten
(1888―1967)

スイスの画家、造形教育家。ジュネーブやベルンで学業を修めたのち、画家となる。1919年、グロピウスに招かれてワイマールのバウハウスで基礎コースの指導にあたった。学生の創造力を目覚めさせるのに有効な指導理念をもっていたが、当時多分に神秘的な傾向を強めたため、バウハウスの方針と相いれず、23年バウハウスを去った。その後、ベルリンやチューリヒで造形教育に専念、『色彩の芸術』(1961)、『バウハウスの基礎コース』(1963)などの著作もある。[高見堅志郎]

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世界大百科事典内のイッテンの言及

【バウハウス】より

…バウハウスの〈バウ〉は〈建物〉の意であるが,同時に,種をまき,育てるという含意もあった。 グロピウスの最初のマニフェスト(1919)で明らかにされたように,バウハウスにおいてはあらゆる造形活動は窮極的に建築に統合されるという考え方があったが,J.イッテンの提案した〈予備過程Vorkurs〉がその教育の特色をなすようになった。最初に招いた教授はイッテンのほか,マルクスG.Marcks,ファイニンガーL.Feininger,マイヤーA.Meyerで,ついでムッヘG.Muche,O.シュレンマー,P.クレー,W.カンディンスキー,さらにL.モホリ・ナギ等が招聘(しようへい)された。…

※「イッテン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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