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イング イングInge, William Ralph

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イング
Inge, William Ralph

[生]1860.6.6. ヨークシャー,クレーク
[没]1954.2.26. バークシャー,ウォリングフォード
イギリスの神学者。セント・ポール大聖堂の司祭長 (1911~34) 。プラトン主義とプロチノスの神秘思想に精通し,神学の著作多数。その説教中の現代生活批判と悲観的人生論のゆえに,「陰気な司祭長」 The gloomy Deanのあだ名をつけられた。主著に『プロチノスの哲学』 The Philosophy of Plotinus (18) 。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

イング Ing, John

1840-1920 アメリカの宣教師。
1840年8月22日生まれ。メソジスト監督教会の牧師。明治7年(1874)本多庸一(よういつ)にまねかれ,弘前(ひろさき)の東奥(とうおう)義塾に英語教師として赴任。弘前教会を設立するとともに,洋種果樹,野菜の新知識をおしえ,とくにリンゴ栽培の功労者として知られる。11年帰国。1920年6月4日死去。79歳。アズベリー大卒。

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朝日日本歴史人物事典の解説

イング

没年:1920.6.4(1920.6.4)
生年:1840.8.22
明治期のアメリカ・メソジスト監督派の宣教師。南北戦争(1861~65)に北軍義勇騎兵隊に大尉として参加したのち,1868年インディアナ・アズベリー大学を卒業,1871年,M.A.を受ける。翌年,宣教師の任命を受け,中国に赴任,明治7(1874)年妻L.E.イングの健康上の理由などにより帰国休暇。途上滞在した横浜で,東奥義塾の菊池九郎と雇用契約を結び,同年末着任。東奥義塾第3代目外国人教師として,英語,理学,化学,博物,数学,史学を講じる一方で,本多庸一と協力して伝道,同8年10月に弘前公会の設立を導く。なお,同公会は翌年12月にメソジスト監督派所属を決議,イング自身は同10年8月より宣教師の身分に復帰。その前年,天皇の東北巡幸に際し学業天覧を準備,同10年には珍田捨己,佐藤愛麿らのアメリカ留学を斡旋。また,西洋リンゴを紹介,一説に印度リンゴの名は「インディアナ」にちなむ。妻も同義塾で教え,「慈母」と慕われた。同11年帰国。1881年妻病没ののち年会を退き,1884年再婚。イリノイ州で農業を営み,市井の人として過ごす。<参考文献>山本博「弘前からの最初の米国留学生達」「ジョン・イングと弘前バンド」(弘前大学教養部『文化紀要』21,26号)

(小檜山ルイ)

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日本の企業がわかる事典2014-2015の解説

イング

正式社名「株式会社イング」。英文社名「ING Co., Ltd.」。サービス業。昭和44年(1969)創業。同53年(1978)設立。本社は大阪市浪速区難波中。学習塾。関西地区地盤。幼児教育から小中高生の学習指導、社会人教育まで展開。主力は小・中学生向け受験指導。

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大辞林 第三版の解説

イング【John Ing】

1840~1920) アメリカのメソジスト監督教会宣教師。1874年(明治7)から78年まで滞日。弘前の東奥義塾で英語・理学・史学などを教える。また、トマト・アスパラガス・リンゴなどを日本にもたらした。

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