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インダストリアル・ミュージック いんだすとりあるみゅーじっくindustrial music

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

インダストリアル・ミュージック
いんだすとりあるみゅーじっく
industrial music

1970年代末期、パンクの影響を受け、電子的な音響操作によって生成された雑音を主軸に構築されたポップ・ミュージック。工業社会へのシニカルな批判的視点を持ち、テクノロジカルな手段によってノイジーなサウンドを生み出し、死や戦争、ファシズムなどのおぞましいイメージと結合させることで、科学技術の進歩が非人間的な環境を生み出してしまう矛盾に鋭く目を向けた。
 1974年結成のキャバレー・ボルテールと、76年結成のスロッビング・グリッスルの二つのグループがインダストリアル・ミュージックの始祖的グループとされるが、前者はチューリヒ・ダダの本拠地をそのグループ名に選び、後者はモダン・アートやパフォーマンスを行っていた集団が音楽活動に移行したものであって、インダストリアル・ミュージックが商業主義的な文脈というよりも、現代文化の理知的・前衛的な背景から生じたことは留意しておくべきである。初期のインダストリアル・ミュージックはモダン・アートや現代音楽、現代思想、さらには社会主義運動とのつながりさえ散見され、単なるポピュラー文化とは一線を画した、アート・イデオロギーの音楽的表現とみるむきもある。なお、インダストリアルという用語は、スロッビング・グリッスルが設立した自主制作レーベル、インダストリアル・レコードから発したものである。
 もっとも、インダストリアル・ミュージックは当時隆盛を極めたパンクの文脈の延長線上で捉えられた。パンクの革命が主流のロックに取り込まれていく中で、80年代のアンダーグラウンド・ロック・シーンに(メディアにほとんど取り上げられないまま)浸透し、ユーゴスラビア(当時)のライバッハ、オーストラリアのフィータス、ベルリンのアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンなどのグループが活発な活動を行った。
 アメリカでは80年にシカゴに設立されたワックス・トラックス・レコードが、ミニストリーやスキニー・パピーといったダンス・ミュージック寄りのインダストリアル・ミュージックを活発にリリースし、これらはエレクトロニック・ボディ・ミュージック(エレボディ)と呼ばれた。この流れからナイン・インチ・ネイルズが登場し、『プリティ・ヘイト・マシーン』(1989)を発表、電子化されたグランジのようなサウンドはポップ・チャートに進出する。
 以後のアメリカではナイン・インチ・ネイルズや、より演劇的なマリリン・マンソンといった、神経を逆なでするホラー的イメージを電子ノイズ・ビートとともに打ち出すグループはネオ・インダストリアルと呼ばれ、ヘビー・メタル以降のハード・ロックとして人気を誇っている。[増田 聡]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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