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ウィージー Arthur Fellig Weegee

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大辞林 第三版の解説

ウィージー【Arthur Fellig Weegee】

1899~1968) オーストリア生まれで、アメリカで活動した写真家。警察無線を傍受して事件現場にかけつけるニュース写真家となり、ストレートな表現で大衆的な人気を博した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ウィージー

米国の写真家。オーストリアハンガリー帝国のズロチェフ(現ポーランド)生れ。本名アルトゥール・フェリグArthur Fellig。10歳の時に米国に移住。家族の生計を支えるため学校を14歳で退学し,写真家の助手,パスポート写真家などの仕事をする。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ウィージー
うぃーじー
Weegee
(1899―1969)

ウクライナ生まれのアメリカの写真家。オーストリアのレンベルク(現ウクライナリボフ)近郊のズロチェウに生まれる。敬虔(けいけん)なユダヤ教徒の家庭に育つ。1910年、先に渡米していた父を追ってニューヨークのロワー・イースト・サイドに一家で移住。一家の生活は貧しく13年には学業を断念。家計を助けるためさまざまな仕事につく。最初の仕事がティンタイプ(安価なブリキ板写真で、肖像撮影に多用された)による街頭カメラマンで、以来、商業写真家のアシスタントや暗室作業をこなしながら写真家として独立するきっかけを模索。24年ころから、大手写真通信社アクメ・ニューズピクチャーズ(後にUPIに吸収される)に暗室技術者として勤務するかたわら、多忙をきわめるカメラマンに代わって次第に自らニュース写真を撮影するようになり、「ウィージー」と呼ばれる。命名の由来には、暗室作業で印画紙についた余分な水分をふき取る器具スクィージーの転訛(てんか)であるという説、アクメ社のスタッフ・ルームではやっていた占いゲーム盤ウィージャ・ボードに由来するという説がある。卓越した暗室技術者となった彼は、状態の悪いネガから印刷に耐えるプリントをすばやく大量に制作することができた。35年フリーランスの写真家となる。38年警察、消防署用の無線機を使用する許可を得る。これを愛車シボレーに搭載し、マンハッタンで夜間に起こった事件、事故の現場に急行し、撮影するとただちに現像、プリントして『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』、『ニューヨーク・ワールド・テレグラム』New York World-Telegram、『デーリー・ニューズ』The Daily Newsといったタブロイド新聞に、交通事故、殺人、火災などを極めてリアルに伝える写真をつぎつぎに配信した。
 血なまぐさい事件や暴力を直視するウィージーの写真はセンセーショナリズムと結びつくが、彼の主題はそれだけにとどまらない。都市の片隅で生きる貧しい人々の生活や、愛し合うカップル、場末の酒場の倦怠と喧噪(けんそう)など、さまざまな都市の要素をとらえている。熟練したプリント技術に支えられた彼の写真は、即物的で野性的な描写と鋭く洗練された構成力とを兼ね備えており、特に夜のニューヨークの魅力を引きだしている。その表現もまた、辛辣(しんらつ)な批評意識と温かいヒューマニズム、残酷さと優しさをあわせもつ。彼の傑作は30年代半ばから40年代半ばにかけての時期に集中しており、それらはビル・ブラントBill Brandt(1904―83)のロンドン、ブラッサイのパリの連作と並び、大都市の夜を題材としたドキュメンタリーとしては、20世紀前半の写真史を代表するものといえる。
 1941年初の個展を権威ある写真団体ニューヨーク・フォト・リーグで開催、43年MoMA(ニューヨーク近代美術館)に写真5点が収蔵され、それらの作品が同年同館のグループ展「アクション・フォトグラフィ」および翌年のグループ展「進行中の芸術写真」に展示される。45年彼のエッセイを付した最初の写真集『裸の街』Naked Cityを出版、写真家としての名声を確立する。ほどなくニュース写真の撮影を離れ、47年ハリウッドへ赴(おもむ)き、映画俳優や撮影技術の助言者になる一方、ネガを加工し、あるいは特殊な露光を加えるトリッキーな技法に基づく「ディストーション(歪曲)」の連作を開始。58年スタンリー・キューブリック監督の映画『博士の異常な愛情』の制作に技術助言者として参加。61年自伝『裸の街ニューヨーク』Weegee by Weegeeを出版。ニューヨークで没。[倉石信乃]
『日高敏訳『ウィージー』(1979・クィックフォックス) ▽日高敏訳『裸の街ニューヨーク――ウィージー自伝』(1981・リブロポート) ▽Naked City (1945, Essential Books, New York) ▽Miles Barth ed. Weegee's World (1997, Little Brown, Boston)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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