改訂新版 世界大百科事典 「エアクッション船」の意味・わかりやすい解説
エアクッション船 (エアクッションせん)
機体と水面(あるいは地面)との間に大気圧より高い圧力の空気層(エアクッション)を保持して,これにより機体の重量を支え,水面近くを浮上して航走する乗物。ACV(air cushion vehicleの略),あるいは地面効果ground effectを利用して浮上することからジェム(GEM。ground effect machineの略),エアカーair carなどとも呼ばれるが,在来の船では達成できない100ノット近い超高速を期待できるなど,海上の交通機関としての利用価値が高いことからエアクッション船と呼ばれる場合が多い。また,日本では,イギリスで開発された型式の商標名であるホバークラフトHovercraftとしてよく知られている。
船体と水面との間に空気層を保つことにより船の抵抗を減少させるというエアクッション船の構想そのものは1900年以前からあったが,空気層を保持する技術の困難さのために実用化には至らなかった。本格的な開発は53年にイギリスのC.S.コッカレルにより始められ,59年イギリスで全備重量6トンの1号機SRN1が完成した。このSRN1の成功によりエアクッション船の開発が進み,とくにイギリスでは政府や企業の支援により,ドーバー海峡のフェリーとして急激に発展,68年には乗客254人,自動車30台を積載できる大型のSRN4が就航するまでになった。アメリカでは軍用の開発が積極的に行われ,76年には高速揚陸艇が竣工した。
エアクッション船の構成
エアクッション船の動力装置には,小型で軽量であることが望まれるため,主として航空転用型の舶用ガスタービンが用いられ,これにより駆動される浮上用ファン(遠心式ファンが多い)から供給されるエアジェットにより浮上し,空中プロペラやダクトファンにより推進力を得ている。エアクッションを形成する方法により,プレナム・チェンバー(圧力室)型とアニュラージェット(周辺噴流)型に分けられ,前者は艇体下面から一様に噴流を与え浮上するもの,後者はジェットノズルによって船底周辺に沿って空気噴流(エアカーテン)を噴き出しエアクッションを形成するものである。後者の方式のほうが浮上性能や安定性能に優れているため,広く用いられている。
エアクッション船の性能を画期的に向上させたのは,船体下部に,走行面の凹凸に沿って変形できるフレキシブルスカートを装備したことである。このスカートは合成繊維製芯の両面にネオプレンを塗布したゴム製の布であり,最近では,多数に分割されたスカート部分を組み合わせて取り付けたセグメント型式のものが採用されている。このフレキシブルスカートは,航行中の波浪の衝撃などを緩和して波浪中の航走性能を高める役割をしているほか,ジェットノズルの出口をスカート下端に設けることによって,空気層の流動を防ぎ,浮上性能を向上させるのにも役立っている。このフレキシブルスカートを船体の全周にわたって装備したものを全周スカート型のエアクッション船と呼ぶ。一般にホバークラフトと呼ばれるものは,この型式である。一方,船体両側部を水中まで延長して空気の漏洩(ろうえい)を防ぎ,船底前後端にのみフレキシブルスカートを装備したサイドウォール(側壁)型のエアクッション船も開発されている。この型式のエアクッション船を,アメリカではSES(surface effect ship)と呼ぶ。サイドウォール型は水陸両用性はないが,大型化が比較的容易であり,水中プロペラや舵を装備することもできる。
エアクッション船の主要性能は,浮上性能と推進性能に区分される。浮上に要する機関出力は,主としてクッション圧(船体重量とクッション面積の比に比例する),浮上高さ,ファン効率などにより決まり,通常全所要出力の約半分程度になる。一方,推進性能には推進の際の抵抗が大きく影響するが,この抵抗は空気抵抗,モーメンタム抵抗および造波抵抗に分けられる。モーメンタム抵抗は,ジェットノズルから噴射される浮上用空気重量に船速を与えるために生ずる抵抗であり,造波抵抗はクッション圧により,水面に生ずる波の抵抗である。高速(設計速力)航走中では空気抵抗とモーメンタム抵抗がほとんどであるが,設計速力より低いところで,造波抵抗が全抵抗の80%程度を占める〈ハンプ速力〉と呼ばれる領域が存在し,このハンプ速力付近では抵抗が急増し,それを越すと抵抗が一時減少する特異な状態となる。このため,エアクッション船に装備される推進機関は,ハンプ速力を容易に越し得る出力をもつように設計される。また高速化を図るためには,船体重量を極力軽くする必要があり,構造材として耐食アルミニウム合金や強化プラスチック(FRP)が用いられる。
用途
エアクッション船は乗客や比較的軽い貨物を高速で輸送でき,また水陸両用性をもつものは港湾未整備地域や浅水域での航走も可能で,旅客フェリー,土木作業や機材移動などの作業用として幅広い利用分野がある。また軍用としても,その高速性からミサイル艇,魚雷艇,沿岸パトロール艇として,また水陸両用のものは揚陸艇としても用いられている。さらにカナダや北極海などの氷海域の開発にも使用される可能性があり,すでに日本の南極観測隊では,物資や隊員の輸送手段として実験的に使用している。このほか水陸両用性を生かして,泥地や低湿地あるいは河川などで物資の運搬や作業用プラットフォームとしての利用も行われており,小型の1人乗りなどのエアクッション艇は娯楽用や競技用としての用途もある。
執筆者:国武 吉邦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報