エマンシピスト(英語表記)Emancipists

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エマンシピスト
Emancipists

18世紀末から 19世紀前半にかけて,オーストラリアで市民権を獲得するために戦った刑期満了者および赦免された人たちとその支援者。 17~18世紀を通じて,イギリスは法律を犯して罪に問われた者を海外に放逐していたが,1786年オーストラリアのニューサウスウェールズ植民地もイギリスの流刑地に指定された。ニューサウスウェールズでは,刑期を満了した者たちに土地を与え,そのなかには成功する者もいた。しかし彼らは公職と社交界からは締出されていた。 L.マクォーリー総督は,エマンシピストにチャンスを与える政策をとったが,自由植民者の抵抗が強く,成功しなかった。 1820~30年代になって成年男子の選挙制が推進されるにつれ,一部有力者と低所得自由植民者たちが彼らを支援し,1842年には制限の撤廃が行われ,市民権を獲得した。

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世界大百科事典 第2版の解説

エマンシピスト【emancipist】

オーストラリアで,刑期を満了したのちもオーストラリアに残留した流刑囚をいう。また流刑囚を両親に持つ法律家・政治家ウェントワースWilliam C.Wentworth(1790‐1872)を頭首に,元流刑囚の平等な権利獲得運動を展開した圧力団体の呼称でもある。1788年の入植開始から流刑囚受入れ打切りの1868年までに,約17万5000の流刑囚がオーストラリアに送られ,彼らは入植地建設の公共事業のほか,個人の家庭に無償労働力として貸し出されたりして,開拓初期の中心労働力となった。

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世界大百科事典内のエマンシピストの言及

【オーストラリア】より

…一方,有力入植者マッカーサーJohn Macarthurが19世紀初めスペイン原産メリノー種羊を大陸の風土に合うよう改良し,羊毛産業の基礎を築いた。 初期のニュー・サウス・ウェールズ入植地ではエマンシピストEmancipist(満期出獄した元流刑囚)とエクスクルージョニストExclusionistの対立が目だった。1840年代に入って元流刑囚とカレンシー・ラッドcurrency lad(イギリス本国生れをスターリングsterlingと呼んだのに対して,植民地生れをこう呼んだ。…

【オーストラリア】より

…一方,有力入植者マッカーサーJohn Macarthurが19世紀初めスペイン原産メリノー種羊を大陸の風土に合うよう改良し,羊毛産業の基礎を築いた。 初期のニュー・サウス・ウェールズ入植地ではエマンシピストEmancipist(満期出獄した元流刑囚)とエクスクルージョニストExclusionistの対立が目だった。1840年代に入って元流刑囚とカレンシー・ラッドcurrency lad(イギリス本国生れをスターリングsterlingと呼んだのに対して,植民地生れをこう呼んだ。…

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