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エレラ Herrera, Fernando de

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

エレラ
Herrera, Fernando de

[生]1534. セビリア
[没]1597. セビリア
スペインの詩人,批評家。ルネサンス期のセビリア詩派の代表的な存在で「詩聖」と呼ばれた。 F.ペトラルカの影響を受け,ヘルベス伯夫人レオノールにあてた恋愛詩や愛国詩のほかに,『ガルシラーソ・デ・ラ・ベガ注釈』 Anotaciones a las obras de Garcilaso de la Vega (1580) がある。

エレラ
Herrera, Juan Bautista de

[生]1530頃.モベラン
[没]1597. マドリード
スペイン・ルネサンスの建築家。 1559年フェリペ2世の宮廷建築家となる。 63年,V.トレドとともにエルエスコリアル修道院に着手。トレドの死後 (1567) ,84年完成まで設計施工にあたり,スペインにおける本格的なルネサンス建築を実現した。スペイン特有の装飾趣味を押え,イタリア・ルネサンス建築の数学的調和とモニュメンタリティを取入れた様式はエレラ様式 (→デソルナメンタド様式 ) と呼ばれ,17世紀にいたるまでスペイン建築の主流となった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

エレラ【Luis Alberto de Herrera】

1873‐1959
ウルグアイ政治家歴史家。ブランコ党の領袖フアン・ホセ・デ・エレラを父にモンテビデオ市で生まれ,新聞記者外交官などを経て政界に入り,1920年以降約40年間ブランコ党を指導した。20世紀前半一貫して政権を担当したコロラド党の対米協調外交に反対して,孤立主義的な自主外交を主張し,2度の世界大戦にも中立を唱えた。国家行政委員を2期(1925‐31,55‐59)務めたが,大統領選には6度出馬していずれも敗れた。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

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