メキシコの彫刻家、造形作家。ハラパ・エンリケスに生まれる。メキシコ国立美術学校とスペイン、マドリードの美術学校で学んだのち、アメリカ、ニューヨークとメキシコ市を拠点に活動する。1990年代、彫刻と写真で日常の空間を異化すると同時にそれぞれのジャンルについての認識を新たにさせる作品をつくる。彫刻作品は、型どり用プラスチックのボール、ゴムのチューブ、オレンジ、キャットフードの缶など、廃棄物や商品や工業製品の素材が多く用いられ、美術館以外の場所に設置されたり、街頭で行われる行為の結果として提示される。60~70年代のアルテ・ポーベラやアースワークの方法を踏襲しているが、素材、行為、効果はより軽快で流動的で遊戯的である。また彫刻が芸術と日常を媒介し、既成の枠組みを逸脱した発想を導き、作家の意図を超えた出来事を誘発する機能が、形態そのものよりも重視される。そこでは、彫刻の形態は日常との接触によって変化しうるもので、変化によって芸術の自立性の概念が打ち砕かれると同時に、社会的空間の意味も変わることが暗示される。『柔軟な石』(1992)では、型どりに使われるプラスチックでつくったボールをころがし、そこに付着したごみや刻まれた凹凸さえも「彫刻」に組み込まれた。また、『女神』(1993)では、自動車が三つに切断されて、その3分の1が取り除かれ、残りが接合されて、未来社会への憧れを体現していた「最新」の車の流線形が奇怪なまでに誇張された。それは、実現しなかった未来神話への皮肉なオマージュであると同時に、60年代以降の社会では、未来幻想は国家的なイデオロギーや革命的プログラムではなく、商品デザインによって投影され、普及することを暗示していた。
美術評論家ベンジャミン・ブクローBenjamin H. D. Buchlohによれば、オロツコの彫刻の方法は、(1)つくり手の狙いを超え、自動的にフォルムの変化を促す偶発的行為の仕掛け(『柔軟な石』)、(2)既製品や廃棄物の切断と再構成(『女神』)、(3)偶然見つけた物の特定の場所への設置に分類される。第三の方法においては物は、アースワークのように任意に「ばらまかれる」のではなく、厳密にアレンジされ、作品行為として行われ、その様子は写真によって記録された。例えばブラジルの小さな町の市場でみつけたオレンジを市場の陳列台に一個ずつ置いた様子を撮影した『狂った旅人』(1991)や、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の向かいにあるアパートの窓辺に置いたコーヒーマグや花瓶の上にオレンジを置いて、観客にのぞかせるように仕むけ、撮影した『ホームラン』(1993)のように、日常への介入が作品となっている。オロツコは写真と彫刻の機能を区別していない。実際に、彼の写真には、奇妙な形に群れる山羊を撮った『ありふれた夢』(1996)のように、彼がまったく手を下さない風景を謎めいたものに見立てたり、記録によって注意を促しているだけという、彼の彫刻と同じ性格をもつものが多い。
また、作品には美術や政治の制度を皮肉る傾向もある。93年のベネチア・ビエンナーレのアペルト展ではからっぽの靴箱を、94年の初個展(マリアン・グッドマン・ギャラリー、ニューヨーク)ではヨーグルトのプラスチックのふたをギャラリーのなかに設置し、97年のドクメンタ10(ドイツ、カッセル)では、チェッカー模様の頭蓋骨を展示した。そうした姿勢を最も派手に見世物化したのが、96年ロンドンのアートエンジェル・プロジェクト企画の個展「からっぽのクラブ」である。そこでは、ピカデリー街にある会員制クラブに、サッカーやクリケットなど国民的競技を行う男たちの等身大に引き伸ばした写真に、原子に見立てた分割された円盤を重ねた作品『原子論者たち』を設置し、紳士の遊びと世界政治が同一概念のもとに行われるイギリス上流階級の精神性を風刺した。
93年MoMA、94年シカゴ現代美術館、95年、98年パリ市立近代美術館で個展、95年ホイットニー・バイエニアル(ニューヨーク)、96年光州ビエンナーレ、97年ドクメンタ10、ミュンスター彫刻プロジェクト(ドイツ)、98年サン・パウロ・ビエンナーレ、99年カーネギー国際美術展(ピッツバーグ)など重要な国際展、国内展に参加。2000年、ロサンゼルス現代美術館によって企画された回顧展がメキシコ国内2か所を巡回した。
[松井みどり]
『Francesco Bonami, Benjamin H. D. BuchlohGabriel Orozco; Clinton is Innocent (catalog, 1998, Musée Nationale d'Art Moderne de la Ville de Paris, Paris)』▽『Benjamin H. D. Buchloh, Abraham Gruzvilles, Gabriel Kuri, Molly Nesbit, Damien Ortega, Alma RuizGabriel Orozco (catalog, 2000, Museum of Contemporary Art, Los Angeles)』
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