女性として表象された神。男神(おがみ)と対をなし,しばしば妻,母の姿をとる。普遍的にみられる神表象であるが,とりわけ古代オリエント,地中海世界において重要な意義を担っていた。
旧約聖書《雅歌》に美しい花嫁賛歌がある。花嫁は,レバノン山の北の峰を越え,獅子(しし)の住む山,豹(ひよう)の住む山を越えてやってきた。その美しさは〈谷の百合(ゆり)〉〈シャロンの薔薇(ばら)〉のようであり,その唇は〈紅の糸〉,風になびく髪は〈ギレアデの山を下る山羊の群れのように〉豊かに,美しく波打っている。《雅歌》にみられる花嫁が,古代地中海世界の豊饒の女神の残像をみごとに映しだしていることについて,もはや疑いをもつ者はいない。女神は,太古の神話的世界から脱けだして,うら若い花嫁に変身し,アルカイックな勝利の舞を人々の前で踊るのである。その花嫁の肢体の動きを,《雅歌》の作者は,視覚的造形法を用い,眼に見えるように生き生きと描写した。古代オリエント,ならびに地中海世界の人々の心を魅了した〈聖なる花嫁〉,豊饒の女神とは,どのような神々であったのか。これについては,北シリアのラス・シャムラ(ウガリト)で発掘された粘土板に刻まれたバアル神話の女神アナトAnatをはじめ,エジプトのオシリス崇拝における女神イシス,ギリシアやフェニキアのビュブロスのアドニス信仰にみられる女神アフロディテなど,いずれも男神=花婿の死を嘆き悲しみ,死者の国から花婿を連れ戻すために闘う戦勝の女神として知られている。
M.エリアーデの《大地・農耕・女性》によると,古代地中海世界に広くみられるこうした女神崇拝は,古代社会における農耕儀礼に,その起源をさかのぼることができるという。古代人にとって,農耕は植物生命再生の神秘のドラマであり,決して単なる技術ではなかったというのである。J.G.フレーザーは《金枝篇》で,これを大地の上で演じられる壮大な死と生のドラマとして美しく描きだしている。それは植物霊を象徴する男神の死を悼む女神の慟哭にはじまり,その復活再生の祈願を経て,熱狂的な再生の歓喜で終わる一連の儀礼として定型化されていた。このような儀礼において,女神は,植物生命の再生を左右し,農耕社会に豊饒をもたらす原理として,その機能を果たしたのである。こうした儀礼の背後には,大地のもつ豊饒性と女性の多産生殖性とのあいだにアナロジーをみた古代人の宗教的観念が横たわっている。これは人類が,農耕生活の経験をとおして獲得した観念であるが,それは農耕がその最初期において,女性によって担われていたことを物語っている。W.R.スミスの《セム人の宗教》によると,古代セム民族は,大地と女性とを同一視していた。女性は畑であり,たわわに房をつけた葡萄の木であった。女性を鋤(す)きかえされた畑のうねにたとえ,男性性器を鋤(すき)にみたてて,耕作労働と生殖行為を同一視する観念は,農耕社会にきわめて普遍的な観念だったのである。そこには,鋤きかえされた畑のうねで神の聖なる結婚が演じられるとき,初めて大地の豊饒が約束されるという,太古の聖婚(神婚)の記憶の痕跡がみとめられる。まさしく,古代社会において,処女が果たした神の〈聖なる花嫁〉の原型を伝えるものというべきであろう。キリスト教のマリア崇拝も以上のような背景を抜きにしてはありえなかったものと思われる。
日本においては,折口信夫による常世国(とこよのくに)のまれびと神来訪とその歓待につくす処女の役割に関する民俗学的研究(《常世及びまれびと》)が,古代における女神信仰の原初的形態を示唆する興味深い資料を提供している。石田英一郎は《桃太郎の母》で,こうした豊かな民俗資料を手がかりに,古代日本人の原初的母神信仰を,古代地中海世界における母権社会との関連の中で比較文化史的に追究している。
→地母神 →ビーナス
執筆者:山形 孝夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中国の作家郭沫若(かくまつじゃく)の詩・詩劇集。1921年8月、上海(シャンハイ)泰東書局刊、創造社叢書(そうしょ)第一種。作者の処女詩集で、序詩のほか56編を収める。もっとも早い詩が1918年作、一部分が21年に帰国したときの作であるのを除いて、大部分が日本留学中の19、20年の作。口語詩集としては胡適(こてき)の『嘗試集』(1920)など、これに先だつものも出ていたが、五・四運動時代の自我と反逆の主張を直截(ちょくせつ)に歌い上げた点で、五・四の精神をもっともよく代表し、質的には最初の新詩集であるとされる。作者の気質でもあるロマンチシズムが鮮やかに花開いている点で、作者の数多い作品中でも出色のものである。
[丸山 昇]
『須田禎一訳『郭沫若詩集』(1952・未来社)』
…こうした文学研究会の傾向に反発した郭沫若,郁達夫(いくたつぷ)などは創造社を組織し,芸術至上主義を唱えた。彼らの傾向をもっともよく代表するのは郭沫若の長詩《女神》で,奔放な空想力を駆使して反逆の呪いと人間解放への希求を高らかに歌ったこの作品は,その内容と表現の両側面で真に近代詩の名に恥じない最初の作品となった。また,郁達夫の《沈淪》は,暗い現実に苦悩する青年を性のもだえを通して描き,注目をあびた。…
※「女神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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