コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

カラジッチ カラジッチKaradžić, Vuk Stefanović

3件 の用語解説(カラジッチの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カラジッチ
カラジッチ
Karadžić, Vuk Stefanović

[生]1787.10.26. トゥルシチ
[没]1864.1.25. ウィーン
セルビアの言語学者,文学者,民俗学者。 19世紀セルビアおよびクロアチア文化を代表する人物。ウィーンでスロベニアスラブ学者 B.コピタルと出会って,セルビアの民謡と言語の研究をすすめられ,1814年には文法書を出版,18年には主著『セルビア語辞典』を出版した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

カラジッチ
カラジッチ
Karadžić, Radovan

[生]1945.6.19. ユーゴスラビア,シャブニク
ボスニア・ヘルツェゴビナの政治家,医師,作家。セルビア人勢力指導者。サラエボ大学で医学を学び,精神科医になった。また詩集や子供向けの本も出版した。1990年,クロアチア系政党に対抗するために設立されたセルビア民主党の創設に携わり,初代党首(1990~96)を務めた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

カラジッチ【Vuk Stefanović Karadžić】

1787‐1864
ユーゴスラビアの言語学者,文学者,歴史家。セルビア人。ベオグラードの大学で聴講したほかは独学。第1次セルビア蜂起が失敗した1813年ウィーンへ渡り,何度か帰国したものの,この地で結婚し生涯を終える。ウィーンではスロベニア人コピタルを知り,その勧めで初のセルビア語文法をまとめ(1814),次々と民謡を収集・編纂して発表した(1814,15,23,33)。また初めてセルビア語辞書を作成し(1818),ナポレオン法典新約聖書を訳した(1847)。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

世界大百科事典内のカラジッチの言及

【スラブ学】より

…《古代ロシア語辞典資料》のスレズネフスキーIzmail Ivanovich Sreznevskii(1812‐80)もその一人である。チェコではユングマンJosef Jungmann(1773‐1847),シャファーリクなどが活躍し,セルビアではカラジッチがセルビア民族叙事詩を採録し,さらにセルビア・クロアチア文章語の創設に尽力した。ポーランドでも19世紀前半にワルシャワとクラクフを中心にスラブ文献学がおこった。…

【ユーゴスラビア】より

…クロアチア人のガイが主唱するイリュリア運動に参加したマジュラニッチは,トルコ人の非人間性を描いた叙事詩《スマイル・アガ・チェンギッチの死》(1846)を発表し,〈スロベニアのプーシキン〉といわれたプレシェレンは愛国的な抒情詩《ソネットの花環》(1834)を,モンテネグロの聖俗界に君臨したニェゴシュ(ペータル2世)はオペラ形式の英雄叙事詩《栄光の山並み》(1847)を完成した。当時ウィーンにあってセルビア人の口承文芸を収集・刊行していたカラジッチは,大胆にセルビア語を簡素化した。そして1850年マジュラニッチたちとウィーンで会合すると,セルビア語とクロアチア語は共通の言語であるとする〈文語協定〉を締結し,将来の文学活動に計り知れない刺激を与えた。…

※「カラジッチ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

カラジッチの関連キーワード寛政の改革寛政改革フェデラリスツ桂川甫粲緑色岩森羅万象アメリカ合衆国憲法合衆国憲法修正第2条二宮金次郎(尊徳)朝日新聞・全国自治体議会アンケート

今日のキーワード

稀勢の里寛

1986- 平成時代の力士。昭和61年7月3日生まれ。中学卒で鳴戸部屋に入門し,平成14年3月初土俵。16年5月新十両,同年11月には18歳4ヵ月で新入幕をはたす。18年7月新三役小結,21年3月新関...

続きを読む

コトバンク for iPhone

カラジッチの関連情報