カル(読み)かる(英語表記)Sophie Calle

日本大百科全書(ニッポニカ) 「カル」の意味・わかりやすい解説

カル
かる
Sophie Calle
(1953― )

フランスのコンセプチュアルアーティストパリ生まれ。出会う人々との間に推理小説メロドラマのような虚構的な関係が生まれる可能性のある状況をつくり、彼女自身も参加者となって、その過程や結果を写真と文章によって記録する。そして私的領域に踏み込むことで生まれる力関係が明らかにされ、作品は窃視(せっし)的性格、暴力性を帯びる。

 1979年の作品『眠る人々』では、カルは依頼した人々に自分のベッド順番に寝てもらい、その姿を記録した。80年の『ベネチア追跡』では、パーティーで会った男性をパリからベネチアまで2週間にわたり追跡し、その軌跡を写真で記録した。81年の『探偵』では、母に頼んで雇った探偵に彼女自身を尾行してもらい、自分はその間のできごとを詳細に記録した。同じ81年の『ホテル』では、ホテルにメイドとして雇われ、部屋に置かれた客の持ち物やベッドの写真を撮り、その細部を記録して彼らの人生を想像した。こうした経緯ギャラリーで展示されると同時に写真と文章を並列したアート・ブックとしても出版された。90年代以降の彼女の作品は、虚構と現実がいっそう複雑に絡みあい、ギャラリーや本の枠を超えた新しいテクストをつくり上げる。

 92年の『ダブル・ブラインド』は、アメリカ大陸を車で男性と横断してラス・ベガスで結婚式をあげるプロジェクトの映画化であり、98年にパリの国立写真センターで発表される。その後2001年まで4か所を巡回した個展「ダブル・ゲーム」は、作家ポール・オースターPaul Auster(1947― )が小説リヴァイアサンLeviathan(1992)で、『探偵』をはじめとするカルのさまざまな作品で行われた行為をヒロインに行わせたことに応えて、ヒロインに課された食事や生活のルールをカル自身が実行した過程の展示である。その内容は、彼女の過去20年間の作品のモノグラムでもあるアート・ブック『ダブル・ゲーム』Double Game(1998。共著)にまとめられた。そこには、カルがオースターに依頼した「彼女の新しい生活のルール」にしたがって94~98年にニューヨークのトライベッカ地区の公衆電話ブースで行った行動の記録『ニューヨークでより快適に過ごすためのS. C. のためのゴサム・ハンドブック』も収録されている。

 80~90年代には多くのビエンナーレや主要美術館でのグループ展に参加したり個展を開催する。その一方で、本や映画などを通して作品の虚構のフィールドを広げ、70年代のパフォーマンス・アートにおける関係性の追求の問題を継承しながら、芸術表現の場の新しい広がりを示した。2000年にドイツ、カッセルのフリーデリツィアヌム美術館で回顧展開催。

[松井みどり]

『野崎歓訳『本当の話』(1999・平凡社)』『Sophie Calle, Paul AusterDouble Game (1998, Violette, London)』『ポール・オースター著、柴田元幸訳『リヴァイアサン』(新潮文庫)』『Yves-Alain BoisCharacter Study (in Art Forum, April 2000, Art Forum, New York)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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