日本大百科全書(ニッポニカ) 「ガングリオシド」の意味・わかりやすい解説
ガングリオシド
がんぐりおしど
ganglioside
糖脂質(脂質と糖が共有結合した物質の総称)の一種。シアル酸(後述)を含むので、シアロ糖脂質、シアログリコリピド、シアル酸含有糖脂質ともいう。植物や昆虫には存在せず、棘皮(きょくひ)動物以上の動物に存在する。どの臓器・組織にもあるが、とくに脳神経系に多量に存在する。おもに細胞表面にあり、多くの生理活性が知られている。たとえば、細胞の識別、上皮増殖因子や神経成長因子などの受容体の形成、コレラ・ボツリヌス・破傷風などの毒素の受容体の形成に関与している。また、がん化や老化に関与する。
最初に脳から発見されたので神経節の英語、ガングリオンganglionから名づけられた。その後、生化学者である山川民夫(1921―2018)らはウマ赤血球からシアル酸を含む一種のスフィンゴ糖脂質(後述)を分離してヘマトシドと命名し(1951)、非神経系動物細胞膜における糖脂質とシアル酸の存在を初めて示した。
糖脂質は、
(1)グリセロール(グリセリンともいう。炭素数3の炭素鎖にヒドロキシ基-OHが3個ついた化合物)を基本骨格とするグリセロ糖脂質と、
(2)スフィンゴイド(炭素数18~20の炭素鎖にアミノ基-NH2とヒドロキシ基-OHがついた構造をもつ化合物の総称。炭素数20のものをスフィンゴシンという)を基本骨格とするスフィンゴ糖脂質
に分類される。ガングリオシドは(2)スフィンゴ糖脂質のうち、シアル酸を含むものの総称である。シアル酸とはノイラミン酸(炭素数9のアミノ糖の一種)の誘導体の総称で、代表的なものはN-アセチルノイラミン酸(ノイラミン酸の窒素Nにアセチル基-COCH3がついた化合物)である。すなわち、スフィンゴ糖脂質とはスフィンゴイドのアミノ基に長鎖脂肪酸が結合し(これをセラミドとよぶ。脂質の一種)、ヒドロキシ基にシアル酸を含む糖鎖が結合したものである。
ガングリオシドの糖鎖部分は一般にグルコース、ガラクトース、ガラクトサミン(アミノ糖の一種)の鎖にシアル酸が結合したものであるが、糖の種類、モル数、シアル酸の結合部位により多くの分子種があり、微量成分も含めると100種を超える。一般的なガングリオシドの生合成経路はほぼ解明され、ガングリオシド糖鎖合成に関与する酵素の相補的DNA(cDNA=complementary DNA。メッセンジャーRNA=mRNAを鋳型として逆転写酵素によって合成した一本鎖DNAのこと)のクローニング(特定の遺伝子を単離すること。遺伝子研究の方法)も行われている。
[徳久幸子]
『鈴木康夫・安藤進編著『ガングリオシド研究法1、2』(1995・学会出版センター)』▽『安藤進著『脳機能とガングリオシド――新たに登場したニューロンの活性物質』(1997・共立出版)』▽『金子章道・川村光毅・植村慶一編『脳と神経――分子神経生物科学入門』(1999・共立出版)』▽『小倉治夫監修『複合糖質の化学』(2000・シーエムシー)』▽『山川民夫著『糖脂質物語』(講談社学術文庫)』