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キダー キダーKidder, Anna H.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キダー
Kidder, Anna H.

[生]1840
[没]1913.11.23.
アメリカのバプテスト派婦人宣教師教育家。 1875年,宣教師として来日し,森有礼の援助でのちの駿台英和女学校を設立して,その教育にあたり,伝道にも従事した。

キダー
Kidder, Mary Eddy

[生]1834
[没]1910.6.25. 東京
アメリカの婦人宣教師。明治2 (1869) 年アメリカ改革派教会宣教師として S. R.ブラウンとともに来日し,新潟英学校で教えたのち横浜で子女教育にあたり,これが発展してフェリス和英女学校となり,その校長をつとめた。宣教師 E. R.ミラーと結婚し (73) ,東京,盛岡その他で伝道した。また児童のために『よろこびの音』『ちいさき音』という定期刊行物長期間刊行した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

キダー Kidder, Mary Eddy

1834-1910 アメリカの宣教師。
1834年1月31日生まれ。明治2年(1869)改革派教会から派遣され来日。ヘボン塾をひきつぎ,女子部を独立させて8年横浜にフェリス・セミナリーを開校,のちのフェリス和英女学校の基礎をつくる。14年以降は夫のE.R.ミラーとともに伝道につくし,明治43年6月25日東京で死去した。76歳。バーモント州出身。

キダー Kidder, Anna H.

1840-1913 アメリカの宣教師。
明治8年(1875)バプテスト教会から派遣され来日。その名にちなんで東京神田に設立された喜田英和女学校(のち駿台英和女学校と改称)の教師を38年間つとめる。救癩(きゅうらい)事業にもつくし,大正2年11月23日東京で死去した。73歳。ニューハンプシャー州出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

キダー

没年:明治43.6.25(1910)
生年:1834.1.31
フェリス和英女学校(フェリス女学院)創立者。米国ヴァーモント州ワーズボロの敬虔なクリスチャン家庭に育つ。マサチューセッツ州のモンソンアカデミーなどで学び,ニューヨーク州オーバン,ニュージャージー,ブルックリンなどで教師として働く。早くから海外伝道を志し,1869年,日本伝道の先達S.R.ブラウンの導きで来日。明治3(1870)年9月,横浜居留地のクララ L.ヘボン夫人の塾を引き継ぎ英語教授などを開始。4年女子部のみを独立させて女学校の基礎をつくり,8年山手178番に校舎,寄宿舎を建てフェリス・セミナリーを開校,教育の充実をはかった。14年以降は夫E.R.ミラーと東京,盛岡などで伝道に従事。また15年からは三浦徹と共に日曜学校むけ小誌『喜の音』『小さき音』の出版の責任を負った。強い意志で近代日本の女子教育の開拓者となり,終生,女性・子供の地位改善が関心事であった。<著作>フェリス女学院資料整備委員会編『キダー書簡集』<参考文献>小檜山ルイ『アメリカ婦人宣教師』

(鈴木美南子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

キダー【Alfred Vincent Kidder】

1885‐1963
アメリカの考古学者。ミシガン州に生まれ,1907年以降の精力的な野外調査によって中南米考古学の基礎を築いた。とくにペコス遺跡ではアメリカ考古学にはじめて層位的発掘と型式学的研究を定着させるとともに,民族考古学的方法の先鞭をもつけた。30年代にカーネギー財団のマヤ・プロジェクトで形質人類学遺伝学動物学植物学,化学等との提携による学際的研究を推進し,アン・シェパードとの共著《考古学者のための土器の研究》はその優れた成果の一つである。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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