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ゲリラ戦 ゲリラせんguerilla warfare

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ゲリラ戦
ゲリラせん
guerilla warfare

遊撃戦とも呼ばれる。優勢な軍事力をもつ正規の軍隊に対して,劣勢な不正規兵力による戦争方式。奇襲によって敵に損害を与え,補給路を脅かし,敵が集中的威力を発揮する前に姿を消して打撃を免れる。通常の野戦や拠点,都市の攻防戦では原則的に優者が勝ち,劣者が敗れる。そこである期間,局所優勢を得るため,通常は村落,山岳,ジャングルにひそみ,好機に奇襲を行なって,相手に打撃を与え,すみやかに村落,山岳,ジャングルの中に姿を隠すことによって,優勝劣敗の適用から免れようとするもの。古来この種の戦法は戦力的に劣勢な場合に行われていたが,ナポレオン戦争におけるスペインの抵抗戦は有名で,この抵抗戦のことを「小戦争」を意味するスペイン語のゲリリャ guerrillaと呼び,小戦争を戦う者をもゲリラと呼ぶようになった。これを体系化したのがレーニンで,革命戦にいわゆるパルチザン戦法をとった。毛沢東は彼独自の遊撃戦論を展開し,対国民政府戦,および抗日戦で,大いに相手を悩ませた。第2次世界大戦中のユーゴスラビアのパルチザン,大戦後の対仏インドシナ戦争,キューバ革命,ベトナム戦争など,ゲリラ戦が大いに成功した例である。しかしゲリラ戦単独で最後の勝利を得た例はほとんどない。最終的には外国軍隊の援助により,あるいは外国からの兵器,装備の援助によって大兵力の養成に成功し,正規大部隊の戦闘によって相手を打倒している。通常,ゲリラ戦が成功するには,作戦地域住民の支持と抑圧者や侵略者に対する憎悪が存在すること,ゲリラ活動に有利な地理的・風土的・社会的条件が存在することなどが最低限必要とされている。

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世界大百科事典内のゲリラ戦の言及

【ゲリラ】より

… 帝国主義の時代に入り,ゲリラの戦略・戦術はさらに発展する。ボーア戦争(1899‐1902)でボーア人がゲリラ戦でイギリス軍に対抗したことは知られているが,第1次大戦からロシア革命にいたる時期には,アラブの民族主義ゲリラを組織しトルコ軍と対峙してイギリス軍を助けたT.E.ロレンス(《知恵の七柱》にその経験を概括),および都市労働者やインテリゲンチャを組織してプロレタリア革命におけるパルチザン戦法を生みだしたレーニン(《プロレタリア革命の軍事綱領》など)が登場し,ゲリラの戦略・戦術が体系化される。こうした経験をへて,第2次大戦においては抗独レジスタンス運動(フランスにおけるマキなど),抗日戦争などでゲリラ戦が広範に展開された。…

【スペイン独立戦争】より

…ナポレオンの侵略に反対するスペインの戦争(1808‐14)。フランス軍が1808年3月マドリードに接近し,無能なスペイン王カルロス4世と王妃マリア・ルイサおよび大臣のM.ゴドイの政治に対する国内の不満が,3月17日のアランフエス暴動に引き続いて5月2日のマドリード民衆の蜂起を生んだ。この蜂起は,すぐにスペイン全土に広がった。バイレンの戦(1808年7月)のスペイン側の勝利は,ナポレオンの兄でスペイン王のホセ1世のマドリード撤退を余儀なくした。…

※「ゲリラ戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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