コミュニティ心理学(読み)コミュニティしんりがく(英語表記)community psychology

最新 心理学事典 「コミュニティ心理学」の解説

コミュニティしんりがく
コミュニティ心理学
community psychology

コミュニティ心理学は,1960年代のアメリカにおける地域精神保健運動の高まりを背景に誕生した比較的新しい心理学の分野である。初めて正式にこの用語が用いられたのは,1965年にアメリカ,マサチューセッツ州スワンプスコットで行なわれたボストン会議(地域精神保健のための心理学の教育に関する会議)であり,この会議においては,従来の臨床心理学限界を超え,社会のニーズに応じることができる心理学者の養成に向け,今日のコミュニティ心理学につながるさまざまな鍵概念が議論された。

 日本へのコミュニティ心理学の導入に大きな役割を果たした山本和郎(1986)は,「コミュニティ心理学とは,さまざまな異なる身体的心理的社会的文化的条件をもつ人びとが,だれも切り捨てられることなくともに生きることを模索する中で,人と環境の適合性を最大にするための基礎知識と方略に関して,実際に起こるさまざまな心理的社会的問題の解決に具体的に参加しながら研究を進める心理学である」と定義づけている。

 しかしながら,コミュニティ心理学は,発展途上の分野であるとともに,社会的動向と強く結びついた学問・実践領域であり,社会的ニーズの変化・多様化を受け,その定義や関心領域も変化しつづけている。コミュニティの概念も,物理的空間を共有する可視的な地理的コミュニティばかりでなく,価値観信念,関心などを共有する人びとの関係性を重視するものへと変化しており,さらに近年のインターネットの爆発的な広がりは,人と人とのつながりのありようをも急速に変化,多様化させている。サラセンSarasen,S.B.(1974)は,人の集まりがコミュニティたるための条件として,コミュニティ内に個人を超えた情緒的な結びつきの感覚であるコミュニティ感覚psychological sense of communityが存在することを重視している。

【コミュニティ心理学の基本理念】 コミュニティ心理学は,生態学的視点ecological perspectiveを重視し,人間の行動を社会的文脈の中に位置づけ,環境との相互作用のうえに成立する,文脈内存在人間person in context(Orford,J.,1992)ととらえる視点に立つ。したがって,コミュニテイ心理学は,当事者が生活する環境を理解し,人と環境の両方に働きかけ,人と環境の適合person-environment fitを高めることを介入の基本理念としており,クライエント個人に対する介入に加え,クライエントを取り巻く環境全体が介入の対象となること,また治療よりも問題の発生の予防に重点がおかれること,個人に対する専門家による直接的な介入に限らず,コミュニティ内の資源を活用した多様な介入手法が取られることを特徴とする。ウォルフWolff,T.(1987)は,モリルMorrill,W.ら(1974)をもとに,コミュニティ心理学において取りうる介入の種類を,Ⅰ介入の対象,Ⅱ介入の目的,Ⅲ介入の方法の三つの次元の組み合わせによって示している(図)。

 予防preventionの概念は,公衆衛生や精神保健にルーツをもち,なかでも,予防を1次予防(発生の予防),2次予防(悪化の予防),3次予防(2次障害の予防)としてとらえるキャプランCaplan,G.(1964)による予防のとらえ方は,コミュニティ心理学における予防の概念の基礎となっている。1次予防は,さらに,コミュニティの住民全員を対象としたもの,結婚や定年など危機に直面しやすいライフステージにある特定の人びとを対象としたもの,天災や人災の生存者やアルコール依存者の子どもなど,不適応を生じさせるハイリスク要因を抱える人を対象としたものに分けられる。

 成長促進やエンパワーメントを目的とした介入も,広くは予防的介入に含まれるが,予防が従来,問題発生のリスクを減じるという発想に基づくのに対して,人間を自己解決能力を有する存在ととらえる視点を重視し,本来人間やコミュニティに備わる力を発揮できるよう働きかける点に特徴がある。エンパワーメントempowermentは「人びとや組織,コミュニティが,自分自身の問題を統制するプロセスもしくはそのメカニズム」(Rappaport.J.,1987)と定義される。したがって,成長促進やエンパワーメントを目的とする介入においては,個人のみならず,組織やコミュニティへの働きかけや,個人や市民の問題解決に果たす役割が重視される。

 予防と並んで,コミュニティ心理学的な視点に立った介入と関連が深いのが,危機介入crisis interventionである。危機とは,個人や集団,組織にとって良い方向に向かうか悪い方向に向かうかの分かれ道となる重大で決定的な瞬間・状況である。そして,それまで用いられてきた問題解決の方法では解決ができない場合に生じる,混乱と動揺の状態を危機状態とよぶ(Caplan,G.,1961)。たとえば,学校では,いじめ,校内暴力,教師からのセクハラなど,家庭では,リストラや家族の自殺,依存症など,地域社会では予測不可能な偶発的出来事,自然災害などがある。また出産や退職など特定のライフイベントは,個人や家庭,教育現場や地域社会に危機状態をもたらしうる。危機介入とは,これら危機的出来事に遭遇して危機状態に陥っている人や集団に対して,集中的な介入を効果的に行ない,危機状態を解消し,危機以前の状態へと回復を試みることを指す。その際,個人の有する既存のソーシャルサポートネットワークを最大限活用することや,関係するさまざまな領域の専門家や相談機関間を調整し,サポート資源を結びつけていくこと,異職種の専門家との協働collaborationが重要となる。また,コミュニティ全体に働きかけていくためには,当事者と個々に直接かかわるのではなく,他の専門性をもつ専門家(コンサルティ)を支援することを通じて,当事者を間接的に支援するコンサルテーションを行なっていくことも必要となる。

 さまざまな資源を活用した実践に加えて,当事者の生活に影響を及ぼす環境側の変容を求めて政策や制度に働きかけるなど,社会変革のための活動を担っていくことも,コミュニティ心理学の実践手法に含まれる。こうしたコミュニティ心理学の実践においては,問題を査定し,コミュニティに存在する援助資源,個々人の資源の利用状況や既存の対処行動なども見定めながら,介入の方向性や次元,方法を決定し実行していくことになり,ニーズ査定,介入のプロセスのモニタリング・結果の評価などを行なっていく一連のプロセスが重要となる。
〔大西 晶子〕

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