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コンデ家 コンデけ Condé

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コンデ家
コンデけ
Condé

シャルル・ド・ブルボンの息子コンデ親王ルイ1世 (1530~69) から始るフランスの名家。代々当主はコンデ親王と呼ばれ,王族のなかで第1の血統とされた。ルイ1世はユグノーの指導者であったが,アンボアーズの陰謀に加担したため暗殺された。

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世界大百科事典 第2版の解説

コンデけ【コンデ家】

16世紀にブルボン家から分かれたフランスの名門貴族。王家につらなる親王家として,3世紀にわたり政界に重きをなした。初代のコンデ親王ルイLouis,Prince de Condéおよび第2代のアンリ1世Henri Iは,16世紀後半宗教戦争の過程で,カトリック勢力を代表するギーズ家に対抗し,新教派の指導者として活躍した。王族であったことから,少数派の新教徒に大義名分を与える象徴的存在としての役割を果たしたともいえる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コンデ家
こんでけ
Cond

フランスのブルボン王家の筆頭親王家。コンデの名は、コンデ・シュール・レスコーという町名からとられた。バンドーム系ブルボン家から出自し、歴代武勲の王族として知られる。初代ルイ1世Louis de Bourbon(1530―69)はアンリ4世の叔父で、ユグノー戦争における新教派の武将。第4代ルイ2世Louis de Bourbon(1621―86)は大コンデと称され、三十年戦争でロクロア(1643)、ランス(1648)の戦いに勝利を収め、フロンドの乱では反マザランの貴族派の中心となった。ルイ14世のもとにあっても、フランドル戦争、オランダ戦争に武功があった。第9代ルイ・アンリ・ジョセフLouis Henri Joseph(1756―1830)は革命を避けてイギリスに亡命、最後のコンデ親王となった。その子アンガン公は反ナポレオンの陰謀を企て、1804年処刑された。[千葉治男]

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世界大百科事典内のコンデ家の言及

【シャンティイ】より

…1528‐32年,指折りの名門貴族モンモランシー元帥が建造した,ルネサンス様式の壮麗な城館により名高い。この城は17世紀に筆頭親王家であったコンデ家の手に移るが,代々のコンデ公は城館の増築,庭園の整備に努めた。大コンデの時代には,モリエール,ラ・フォンテーヌなど多くの文人を集め豪華な宴を催して,さながら君侯の宮廷の趣を呈したという。…

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