サルティコフ・シチェドリン(読み)さるてぃこふしちぇどりん

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サルティコフ・シチェドリン
さるてぃこふしちぇどりん
Михаил Евграфович Салтыков‐Щедрин Mihail Evgrafovich Saltkov-Shchedrin
(1826―1889)

19世紀ロシア最大の風刺作家、評論家。トベリ県の古い、零落した貴族の家に生まれ、1844年ツァールスコエ・セローのリツェイ(貴族学校)を卒業後、官庁に勤めた。彼の世界観はベリンスキー、ペトラシェフスキーの会、フランス・ユートピア社会主義などの影響のもとに形成された。最初の中編『矛盾』(1847)と『もつれた事件』(1848)がロシア社会の矛盾と不平等をつくものであったため当局を刺激し、フランスの二月革命(1848)直後逮捕されて極北の地ビャートカへ流刑された。同地で約7年間の生活を送ったのち、55年釈放されてペテルブルグへ戻り、ふたたび官職についた。流刑地での体験をもとに、地方官吏の堕落と悪弊を辛辣(しんらつ)に暴露した小説『県の記録』(1856~57)は、チェルヌィシェフスキー、ドブロリューボフらの絶賛を受けた。
 一方、役人としても地方の副知事、参事官などを歴任したが、1862年には辞職し、文筆に専念した。初めは『現代人』誌などに寄稿、同誌廃刊後は、N・A・ネクラーソフとともに『祖国雑記』誌を共同編集しつつ、『ポンパドゥールとポンパドゥールシャたち』(1863~73)、『タシケントの人びと』(1869~72)などの長編小説を書き、地方官僚と国家機構を痛烈に批判した。ほぼ同時期に書かれた長編『ある町の歴史』(1869~70)は、架空の町グルーポフ(馬鹿(ばか)の町の意)の歴代の市長をロシアの皇帝になぞらえて戯画的に描いたもので、ロシア史のパロディーとなっている。このほか検閲の裏をかくイソップ物語を駆使した大人のための童話『ゴロブリョフ家の人々』(1876~80)、晩年の大作『僻地(へきち)の旧習』(1887~89)がある。[島田 陽]
『西尾章二訳『僻地の旧習』全3冊(1949・日本評論社) ▽西尾章二他訳『ある市の歴史』(1954・未来社)』

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世界大百科事典内のサルティコフ・シチェドリンの言及

【シチェドリン】より

…本名はサルティコフMikhail Evgrafovich Saltykov。サルティコフ・シチェドリンSaltykov‐Shchedrinとも呼ばれる。厳しい検閲のもとで,直接的表現を控えた〈イソップの言葉〉による寓意と風刺を駆使して,農奴制ロシアの政治的腐敗と不正を鋭くえぐり出した作品が多い。…

※「サルティコフ・シチェドリン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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