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シアールコート

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百科事典マイペディアの解説

シアールコート

パキスタン北東部,チェナーブ川左岸の都市。鉄道の要地で商業の中心。織物,自転車医療器械,運動具などの工業がある。12世紀,ゴール朝ムハンマドが拠点とした。シク教の開祖ナーナクの墓がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

シアールコート【Siālkot】

パキスタン北東端,ラービー川とチェナーブ川に囲まれたレチュナ・ドアーブ北部の都市。人口29万6000(1981)。パンジャーブカシミールとを結ぶ交通路上の交易中心として,インドパキスタンの分離独立まで栄えた。シク教の開祖ナーナクにちなむ聖地でもある。6世紀にフーナミヒラクラの,また12世紀に北西インド亜大陸に侵入したゴール朝のムハンマドの根拠地となった。周辺からの小麦,米,サトウキビなどの農産物を集散する。

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世界大百科事典内のシアールコートの言及

【インド・ギリシア人】より

…前2世紀から前1世紀末にかけて西北インドで活動したギリシア人。サンスクリット語ではイオニアのなまったヤバナYavanaの名で,また俗語ではヨーナYonaの名で呼ばれる。アレクサンドロス大王の帝国の北東端にあたる中央アジアのバクトリア地方は,大王の死後シリアのセレウコス朝の支配下に入ったが,前250年ごろギリシア人太守ディオドトスがこの地に独立王国をうち建てた。このバクトリア王国のギリシア人勢力は,マウリヤ朝が衰退に向かった前200年ごろから西北インドに侵入し,一時はガンガー(ガンジス)川中流域にまで兵を進めた。…

※「シアールコート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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