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シネクラブ ciné‐club[フランス]

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世界大百科事典 第2版の解説

シネクラブ【ciné‐club[フランス]】

映画史上の名作や通常の興行に乗らなかった特殊な作品(実験映画など)の上映会およびそれに伴う講演,討論会を定期的に開催し,映画に対する大衆(会員)の芸術的認識や理解を深めることを目的とする自主機関。1920年,フランスの映画批評家ルイ・デリュックによる次のようなマニフェストとともにこの言葉と組織が生まれた。〈ツーリストクラブがあるように,シネクラブもまた必要である……ここに私たちは《シネクラブ新聞》を発刊し,若者たちの熱烈な要望にこたえ,フランス映画界の発展に寄与するすべての試みに全力を尽くすことにする〉。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シネクラブ
しねくらぶ
cin-clubフランス語

映画の上映や、それと関連した講演会、討論会などの開催を通じて、映画芸術に対する会員の理解を深めることを目的とする組織。1920年代初頭にフランスでルイ・デリュックLouis Delluc(1890―1924)やリッチョット・カニュードRicciotto Canudo(1877―1923)らによって創始された。当初は映画人、知識人、芸術家などのエリート観客を対象としていたが、20年代の後半からは一般の観客も参加する、より大衆的な組織として活動するようになり、とくに第二次世界大戦後には映画文化の啓蒙(けいもう)に大きな役割を果たした。上映される映画も、初期には前衛的な作品や一般公開が禁止された作品などが重視されたが、大衆化とともに、映画史上の古典から独創性に富んだ商業映画に至るまで、幅広い作品が取り上げられるようになった。なお、シネクラブでは元来、上映後に会員による討論が行われるのが通例であったが、現在ではそうした形態がとられることはまれである。
 またシネクラブは、アート・シアターart theatreや、フィルム・アーカイブfilm archives活動とも密接に結び付いてきた。パリでは1920年代の末から、シネクラブ運動に共鳴する経営者が映画館を提供して、いくつかの前衛映画専門館が誕生したが、これはのちにヨーロッパ各地、ついで第二次世界大戦後アメリカに広がったアート・シアター、すなわち芸術的に優れているが興行的には不利な作品を専門に上映する商業映画館の先駆けとなった。一方、1935年にシネクラブ「映画友の会」の活動を開始したアンリ・ラングロアHenri Langlois(1914―77)とジョルジュ・フランジュGeorges Franju(1912―87)は、翌36年に「シネマテーク・フランセーズ」を創立して、古今東西の膨大な映画作品を収集・保存・上映した。映画を文化的財産として認識し、作品や資料の収集から、保存・整理、さらには修復・復元を行って一般に公開することを目的とするフィルム・アーカイブは、現在60か国以上に設けられている。
 シネクラブ、アート・シアター、フィルム・アーカイブはそれぞれ国際連絡機関を組織して作品や情報を交換しており、映画芸術の普及・理解に大きく貢献している。日本でも東京、大阪、名古屋、福岡などの大都市にシネクラブやアート・シアターが存在し、通常の映画館とは異なる独自の地位を獲得している。また、1970年(昭和45)に日本唯一の国立の映画機関として創設された「東京国立近代美術館フィルムセンター」は、95年(平成7)に施設が一新され、意欲的な企画上映や国際シンポジウムなど、以前にもまして多彩で充実したアーカイブ活動を展開している。このほか、川崎や広島などの都市にも公立のフィルム・アーカイブが設けられている。[武田 潔]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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