コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

シュレスウィヒ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュレスウィヒ
しゅれすうぃひ
Schleswig

ドイツ北部からデンマークにかけての歴史的地域で、中世の公国。大部分は、現在のドイツ、シュレスウィヒ・ホルシュタイン州の北半分の地域。デンマーク語名スリースウィSlesvig。9世紀初め、デンマーク王がフランク王国と対抗するため、この地に城塞(じょうさい)を築いた。974~1027年神聖ローマ皇帝に服属したが、その後シュレスウィヒ公国となってデンマーク王家の支流に属し、14世紀末ホルシュタイン伯に封土として与えられた。以来、シュレスウィヒとホルシュタインは政治的に不可分とされ、今日に至っている。[木谷 勤]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内のシュレスウィヒの言及

【シュレスウィヒ・ホルシュタイン】より

…同国最北端の州で,ユトランド半島の南半を占め,北はデンマークに接し,東はバルト海,西は北海に面している。アイダーEider川をはさんで北がシュレスウィヒ(デンマーク語でスリースウィーSlesvig),南がホルシュタイン。バルト海のフェーマルン島,北海の北フリージア諸島およびヘルゴラント島を含み,面積は1万5659km2,人口271万(1995)。…

【スリースウィー問題】より

…〈シュレスウィヒ・ホルシュタイン問題〉のデンマーク史の観点にたつ呼称。19世紀のナショナリズムの高揚のもとで対峙するデンマーク・ドイツ間の,デンマークの公爵領スリースウィーSlesvig(ドイツ語でシュレスウィヒSchleswig)の帰属をめぐる係争で,ドイツのシュレスウィヒ・ホルシュタイン主義Slesvigholsteinismeとデンマーク自由主義者のアイダー主義Ejderpolitikの双方の要求がまっこうから対立した。…

※「シュレスウィヒ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

シュレスウィヒの関連キーワードロイター(Ernst Reuter)シュレスウィヒ・ホルシュタイン問題ワイツ(Georg Waitz)シュレスウィヒ・ホルシュタインペール シュタインブリュッククリスティアン[10世]ハンス・フォン ゼークトユーリウス カフタン北フリージア[諸島]バルデマー[4世]ディートマルシェンフェーマルン[島]バルデマー(2世)バルデマー(1世)スリースウィー問題ハイデ ジモーニスヘルゴラント[島]ノイミュンスターエミール ノルデスリースウィ戦争

今日のキーワード

桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す

《「史記」李将軍伝賛から》桃やすももは何も言わないが、花や実を慕って人が多く集まるので、その下には自然に道ができる。徳望のある人のもとへは人が自然に集まることのたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android