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ジョン・オブ・ゴーント ジョン・オブ・ゴーント John of Gaunt, Duke of Lancaster

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジョン・オブ・ゴーント
ジョン・オブ・ゴーント
John of Gaunt, Duke of Lancaster

[生]1340.3. フランドルヘント
[没]1399.2.3. ロンドン
イングランドエドワード3世の第4子。 1359年ランカスターヘンリーの姪ブランチと結婚し,広大なランカスター公の遺領を手に入れ,62年ランカスター公となった。 69年春百年戦争が再開されるとイングランド軍を指揮,また国政の実権を握った。

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百科事典マイペディアの解説

ジョン・オブ・ゴーント

英国のランカスター公。エドワード3世の子。生地がフランドルのヘント(ゴーント)だったことからこの名がある。百年戦争で兄のエドワード黒太子とともにスペインフランスに遠征。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジョン・オブ・ゴーント
じょんおぶごーんと
John of Gaunt
(1340―1399)

イギリス王エドワード3世の四男。ランカスター公。彼の息子ヘンリー4世に始まるランカスター朝の祖。フランドルのヘントGentで生まれたのでこの名がある。長兄エドワード(黒太子)とともに百年戦争で武名を高め、ついでカスティーリャ王国の内紛に介入するなど大陸各地に転戦した。帰国後エドワード3世は老衰し、黒太子も病床についたため、ひとり権勢を強める形となった。しかし、黒太子が死ぬとその子リチャード2世が王位を継承した(1377)ので、ジョンは反国王派と目され、不遇のうちに晩年を過ごした。一時はふたたびスペインに出兵し、またアキテーヌ公に封じられる機会に恵まれたものの、勢力挽回(ばんかい)はならず、失意のまま没した。[松垣 裕]

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