エドワード黒太子(読み)エドワードくろたいし(その他表記)Edward the Black Prince

精選版 日本国語大辞典 「エドワード黒太子」の意味・読み・例文・類語

エドワード‐くろたいし【エドワード黒太子】

  1. ( Edward the Black Prince の訳語 ) イングランド皇太子。エドワード三世の長子百年戦争初期に活躍し、ポアティエ戦いフランス王ジャン二世を捕虜にする。異名は、鎧の色に由来するといわれる。(一三三〇‐七六

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改訂新版 世界大百科事典 「エドワード黒太子」の意味・わかりやすい解説

エドワード[黒太子]
Edward the Black Prince
生没年:1330-76

プランタジネット朝イングランドの王エドワード3世の長子。黒太子呼名は着用していた甲冑の色に由来するといわれる。百年戦争武勲著名。16歳でクレシーの戦にイギリス軍を指揮して勝利に導き,1356年ポアティエではフランス王ジャン2世の軍を破って同王を捕らえた。さらに63年にはフランス軍を支援するスペインに遠征して勝利を収めた。しかしこの遠征費を調達するために,アキテーヌ侯という地位ガスコーニュの臣下に重税を課したため,彼らによってフランス王に訴えられた。しかし黒太子は王に対し挑戦的な態度に出たため,69年両国に戦闘が再開された。71年に病のために帰国したが,当時政治の実権をもっていた弟のジョン・オブ・ゴーント(ランカスター公)に対立する司教たちを援助して名声を上げた。彼の息子はのちにリチャード2世として即位する。1348年ころ創設の〈ガーター騎士団Knights of the Garter〉の一指導者であったが,これは今日のイギリスの代表的勲章であるガーター勲章のはじまりである。
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山川 世界史小辞典 改訂新版 「エドワード黒太子」の解説

エドワード黒太子(エドワードこくたいし)
Edward the Black Prince

1330~76

イングランドの皇太子でエドワード3世の長子。百年戦争の初期,弓兵を率いて勇戦し,武名をあげた。黒太子の名は着用した甲冑の色に由来するといわれる。1356年ポワティエの戦いで捕虜にしたフランス王ジャン2世に臣従の礼をもって侍した話は有名で,中世騎士道の華とうたわれた。のちフランス西部の領土統治カスティリャに遠征したが,帰国後病没。

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旺文社世界史事典 三訂版 「エドワード黒太子」の解説

エドワード黒太子
エドワードこくたいし
the Black Prince Edward

1330〜76
イギリス王エドワード3世の長子
百年戦争で長弓隊を陣頭指揮し,クレシー・カレー・ポワティエなどの戦いでフランス騎士軍を撃破,フランス王ジャン2世も捕らえた。後年,カスティリャ遠征で戦功があったが,フランスのアキテーヌ地方の貴族反乱鎮圧中に病死した。黒い鎧 (よろい) を着用していたので黒太子と呼ばれ,仁侠に富んだ行為が多く,イギリス中世騎士道の華とうたわれた。

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367日誕生日大事典 「エドワード黒太子」の解説

エドワード黒太子

生年月日:1330年6月15日
エドワード3世の長子
1376年没

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