日本大百科全書(ニッポニカ) 「スイセン」の意味・わかりやすい解説
スイセン
すいせん / 水仙
daffodil
[学] Narcissus
ヒガンバナ科(APG分類:ヒガンバナ科)の耐寒性球根草。ヨーロッパ、地中海沿岸、北アフリカ、中近東から中国、日本まで広く分布し、約30種ある。球根は鱗茎(りんけい)で球周り8センチメートルの小球種から20センチメートルに及ぶ大球種まである。茎は品種により、10~50センチメートルと大きく差がある。葉は線形または帯状で、長さ12~50センチメートル、幅0.5~3センチメートル。花は花茎の頂部に単生または散形状につき、径1.5センチメートルほどの小輪から12センチメートルに及ぶ大輪まである。花被片(かひへん)は横に広がり、副花冠はらっぱ状またはカップ状となる。花色は、黄、白、朱赤色、淡紅色などである。花期は冬季から5月ころまでで、花壇、鉢植え、切り花用によく用いられる。
[吉次千敏 2019年1月21日]
種類
現在栽培されるスイセン類は以下のように分類される。
(1)ラッパスイセンN. pseudonarcissus L. 南西ヨーロッパ原産。1花茎に1花をつけ、副花冠は花被片と同長かそれより長い。スイセンのなかでもっとも大輪の種類である。花期は3~4月で、花壇、切り花用として栽培され、促成栽培も多い。黄色花にダッチマスター、キングアルフレッド、ロイヤルビクトリー、ベストセラー、スクアイアー、マイダスダッチ、エクスプローラ、バイキングなど、白色花にマウントフッド、パナッシュ、乳白色花にハニーバードがある。
(2)クチベニスイセンN. poeticus L. 地中海沿岸原産。1花茎に1花をつける中輪種で、花に芳香がある。花被片が白色で副花冠が橙(だいだい)色のアクテア、全体が白色で副花冠の周縁が朱紅色のカンタービルなどがある。
(3)タイハイスイセンN. incomparabilis Mill. 1花茎に1花をつけ、副花冠は花被片の3分の1以上ある。ラッパスイセンとクチベニスイセンの交雑種で、もっとも色彩が豊富で、花壇、鉢植え、切り花用とされる。黄色花にニューメリッヒがある。副花冠が橙色で花被片が黄色のフォーチュンがある。副花冠が橙色のものにガーデンジャイアント、アルマダ、フォルスタッフ(以上、花被片は黄色)、マイルストーン(花被片は桃色)がある。また、花被片が白色のものにプロフェッサーアインシュタイン(副花冠は橙色)、ハート・スロブ(花被片は朱色)、エクラ(花被片は朱桃色)などがある。
(4)ショウハイスイセン 1花茎に1花をつけ、副花冠は花被片の3分の1以下。クチベニスイセンを主体とした交雑種である。副花冠が黄色で花被片が橙赤(とうせき)色のアルトリスト、副花冠が白色で花被片が朱赤色のカール・ビーグなどがある。
(5)ヤエザキスイセン 1花茎に八重咲きの1花をつける。黄色花にダブルカールトン、タヒチ、白色花にアクロポリス、チアフルネスがある。ほかに、副花冠が黄色で花被片が朱赤色のファッション、副花冠が白色で花被片が橙色のキングレイス、副花冠が淡黄色で花被片が橙色のテキサスなどがある。
(6)ジョンキルN. jonquilla L. 一般にキズイセンとよばれている。1花茎に2~3花、または房咲きとなる。花に芳香がある。黄色花にトレビシアン、ジョンキル、ゴールデンセプタ、花被片が黄色で副花冠が橙色のものにH・Y・スージーがある。
(7)タゼッタN. tazetta L. 一般にフサザキスイセンとよばれている。カナリア諸島、北アフリカ、南フランス、地中海沿岸、中国などに多くの品種がある。花被片が黄色で副花冠が橙色のキブサスイセン、花被片が白色のものに、ゼラニウム、クラックフォード(以上、副花冠は橙赤色)、シルバーチャイム(副花冠は淡黄色)、ニホンスイセン(副花冠は橙色)などがある。
(8)ブルボコディウムN. bulbocodium L. ヨーロッパ南西部原産。鱗茎が1~2センチメートルの小球種で、茎は高さ約15センチメートル。葉は3~4枚。1花茎に1花をつける。花色は黄色で、副花冠、花被片とも約1.5センチメートルと小さい。花期は3~5月。
[吉次千敏 2019年1月21日]
栽培
早生(わせ)種は8月、一般種は9~10月に植える。植え込みの深さは球根の高さの約2倍とし、乾燥地や寒地では2.5倍くらいとする。肥料は基肥を主体とし、腐葉土に種粕(たねかす)、魚粕、骨粉などに少量の有機化成肥料を混ぜて施すが、窒素質を多用すると、球根が貯蔵中に腐りやすくなるので、注意を要する。球根の掘り上げは1~2年間隔とし、葉が黄色くなり始める6月に雨天を避けて掘り、水溶性の殺菌剤で消毒し、風通しのよい所に保存する。
鉢植えは排水のよい肥料分に富んだ土に植え、芽が出るまでは戸外で育て、つぼみができ始めてから室内に入れて観賞する。大球種は水栽培でも容易に花をつける。
[吉次千敏 2019年1月21日]
文化史
ギリシア神話では、スイセンは、水に映る自分の姿に恋い焦がれ、水中に身を投げたナルキッソス(ナルシス)の化身。ナルキッソスは麻酔とか昏睡(こんすい)を意味するギリシア語のナルケnarkeが語源とみられ、スイセンに含まれるアルカロイドのナルシチンが麻酔状態を引き起こすのにちなむ。スイセンは古代のペルシアではナルケ由来のナルギとよばれた。中国には唐代に伝わり、『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』(860ころ)には捺祇(ないぎ)の名で載る。スイセンは三倍体で種子ができないが、『酉陽雑俎』にすでにその記述がある。スイセン(水仙)の名は、ギリシア神話に影響を受けたと思われる中国名。日本でのもっとも古い記録は九条良経(くじょうよしつね)が描いた色紙で、『万葉集』をはじめ平安時代の文学や漢和辞書にスイセンは登場せず、平安末期に渡来したとみられる。文献では室町時代の漢和辞書『下学集(かがくしゅう)』(1444)に、漢名水仙華、和名雪中華と出るのが最初である。
スイセンの自生地越前(えちぜん)海岸には、その由来を語る伝説がある。平安末期、木曽義仲(きそよしなか)の京攻めに従った居倉浦(いくらうら)の山本一郎太は、義仲敗退ののち帰郷して、留守中、弟の二郎太が海で助けた娘に恋慕し、仲のよかった弟と果たし合う。それを悲しんで娘は海に身を投げた。翌春、その化身のように海岸に美しい花が流れつく。それがスイセンだったという。
[湯浅浩史 2019年1月21日]