翻訳|alkaloid
植物界に広く分布し、動物に対して特異な、しかも強い生理作用をもつ塩基性窒素を含んだ有機化合物の総称。植物塩基ともいう。アルカロイドとは「塩基性を示すような物質」という意で、単一の物質をさす名称ではなく、化学的には非常に広範囲の物質が含まれ、2000種以上のものが知られている。化学的構造は一般に複雑で、ピリジン、ピロリジン、ピペリジン、キノリン、イソキノリン、インドールなど、窒素を含む複素環をもつ。
おもに双子葉植物にみられ、ケシ科、キョウチクトウ科、ツヅラフジ科、マメ科、キンポウゲ科、アカネ科、ナス科などの植物に多く存在するが、シソ科やバラ科などの植物にはみられない。また、菌界(麦角アルカロイド)や単子葉植物(ユリ科、ヒガンバナ科、ヤシ科など)には限られた少数のものしか存在しない。古くから薬草として知られたものはいずれも代表的なもので、熱帯または亜熱帯植物が多い。
ケシ科の実にはアヘンアルカロイドと総称される多くのアルカロイドが含まれる。アヘンはケシの未熟果汁を乾燥したもので、20種余りのアルカロイドが含まれる。モルヒネ(モルフィン)、コデイン、テバインが代表的で、いずれも塩酸塩は鎮痛麻酔作用がある。アカネ科のキナノキにもキナアルカロイドと総称される20種余りのアルカロイドが含まれ、代表的なものにキニーネ(キニン)、キニジン、キナミン、シンコニンなどがある。コカノキ科のコカノキの葉(コカ)にもコカアルカロイドと総称される多くのアルカロイドが含まれ、古くから薬草として用いられた。局所麻酔薬のコカインは代表的なものである。ナス科のタバコにはニコチンやアナバシンなどが多量に含まれる。ニコチンは根でつくられ、葉に蓄積されるという。ヨーロッパ原産のベラドンナというナス科植物の根にはヒヨスチアミンやアトロピンなどが含まれ、鎮痙(ちんけい)薬として知られる。フジウツギ科のマチンの実にはストリキニーネやブルチンなどの猛毒アルカロイドが含まれている。そのほか、ソクラテスの死因として知られるドクニンジンのコニインをはじめ、ツヅラフジのシノメリン、チョウセンアサガオのスコポラミン、キハダの樹皮に含まれるベルベリンなど、多種多様のアルカロイドが広く存在する。
なお、プリン誘導体のカフェインやアデニン、動物起源のアドレナリンなどをアルカロイドに含める人もある。
[景山 眞]
植物体内でのアルカロイドの役割はよくわかっていないが、植物の保護、あるいは老廃物(代謝の最終段階で貯積されたもの)などが考えられている。遊離状態で存在することはなく、多くの場合植物細胞の液泡内にあって、シュウ酸、酢酸、クエン酸、リンゴ酸などの有機酸と結合した形で存在する。抽出法としては、直接アルカリを作用させるか、酸や水で抽出してからアルカリで処理し、アルカロイドを遊離させて精製する。また検出には、アルカロイド試薬による沈殿反応、または呈色反応が用いられる。ドラーゲンドルフ試薬(ヨウ化ビスマス‐ヨウ化カリウム)は、沈殿反応と呈色反応の両用に使われる。
[景山 眞]
医薬品として利用されている代表的なものを次にあげる。鎮痛薬としてのモルヒネをはじめ、局所麻酔薬のコカイン、鎮咳(ちんがい)薬(咳(せき)どめ)のコデインやナルコチン、鎮痙薬(胃けいれんなどの治療薬)のスコポラミン、抗菌薬のベルベリン、抗不整脈薬のアジマリン、抗白血病薬のビンクリスチンやビンブラスチン、去痰(きょたん)薬および抗アメーバ赤痢薬のエメチン、抗マラリア薬のキニーネ、平滑筋弛緩(しかん)薬のパパベリン、平滑筋収縮薬のエルゴタミン、交感神経作用薬のエフェドリン、副交感神経作用薬のピロカルピン、副交感神経遮断薬のアトロピン、中枢神経興奮薬のストリキニーネ、降圧剤および中枢神経抑制薬のレセルピンなどが知られている。また、農薬関係には、殺虫剤のニコチンやアナバシン、倍数体作成剤のコルヒチンなどがある。
これらは薬理作用とともに毒作用もあり、なかには常用すると中毒症状をおこし、禁断症状で非常に苦しむものもある。アルカロイドの多くは、有機化学的に合成され、構造が決められており、その化学構造と生理作用との関係を研究して、より効果的で副作用の少ないものを得る努力が続けられている。
[景山 眞]
『マンフレッド・ヘッセ著、森田豊訳『アルカロイドの化学』(1980・広川書店)』▽『山崎幹夫・相見則郎著『アルカロイドの生化学』(1984・医歯薬出版)』▽『大岳望著『生合成の化学』(1986・大日本図書)』▽『大石武編『現代化学講座12 天然化学』(1987・朝倉書店)』▽『山中宏ほか著『ヘテロ環化合物の化学』(1988・講談社)』▽『ジム・デコーン著、竹田純子・高城恭子訳『ドラッグ・シャーマニズム』(1996・青弓社)』▽『川村賢司著『ニンジン・アルカロイドの奇跡――ガン・成人病からの生還者・医師が今明かす!!』(1996・ごま書房)』▽『田中治ほか編著『天然物化学』(1998・南江堂)』▽『船山信次著『アルカロイド――毒と薬の宝庫』(1998・共立出版)』▽『武井秀夫・中牧弘允編『サイケデリックスと文化――臨床とフィールドから』(2002・春秋社)』▽『真部孝明著『フローチャートで見る食品分析の実際――植物性食品を中心に』(2003・幸書房)』
植物体中に存在する含窒素塩基性物質.重要な生理作用,薬理作用を示すものが多い.プリン塩基などの,動物性起源の含窒素化合物をこれに含めることもある.1805年,F.W. Sertünerのモルヒネ分離以来,化学の発達とともにその数は飛躍的に増大し,現在,数千を数える.分類学上,ケシ科,アカネ科,キョウチクトウ科などのように,アルカロイド出現率の多い科と,バラ科のように,その出現率のまれな科がある.類縁の植物から得られるものは,同一の前駆物質(アミノ酸,テルペンなど)より生合成されており,化学構造上,互いに関連をもっていることが多い.普通,同一植物中に数種類混在し,それらは類似の,あるいは親近な化学構造をもっている.このうち,比較的多量に含まれるものを主アルカロイド,これに伴うものを副アルカロイドという.
アルカロイドは化学構造上の類縁により,簡単なアミン類,ピロリジンアルカロイド,ピリジンアルカロイド,トロパンアルカロイド,イミダゾールアルカロイド,プリンアルカロイド,キノリンアルカロイド,イソキノリンアルカロイド,ピロリジジンアルカロイド,キノリジジンアルカロイド,インドールアルカロイド,ジテルペンアルカロイド,ステロイドアルカロイドなどに分類されるが,前駆物質を同一とするアルカロイドでも植物内で転位を起こして,化学的には別種の骨格をもっている場合が多いので,かえって不便なことが多い.むしろ,これを含有する植物の種類によって,キナアルカロイド,アヘンアルカロイド,ロベリアアルカロイド,ヒガンバナアルカロイド,セネシオアルカロイド,ルピンアルカロイド,エリトリナアルカロイド,麦角アルカロイド,ストリキノスアルカロイド,吐根アルカロイド,ラウウォルフィアアルカロイド,アコニットアルカロイド,ベラトルムアルカロイド,ソラヌムアルカロイド,リコポジウムアルカロイドなどの分類を併用するほうが,同属の植物により得られるものが構造的に関連している点で便利である.とくに,イソキノリンアルカロイド,インドールアルカロイドは変化に富み,骨格様式,起源植物によって多数のサブグループに分類されている.アルカロイドは植物体中では,有機酸(シュウ酸,リンゴ酸,乳酸,タンニン酸,キナ酸,メコン酸など)と結合して存在している.
アルカロイドを得るには,植物を酸または水,アルコールで抽出し,酸性水溶液として,それにアルカリを加えてアルカロイドを遊離させ,適当な有機溶媒でふたたび抽出して,総アルカロイドを得,これを再結晶,クロマトグラフィーなどの手段で分離する.多くは無色の結晶で光学活性である.その検出は,アルカロイド試薬による沈殿反応,または呈色反応による.これらの反応は,とくに毒物検定の方法として裁判化学上重要である.アルカロイドの多くはいちじるしい生理作用を示し,コニイン,ストリキニーネ,アコニチンなどの毒薬が多いが,モルヒネ(麻酔,鎮痛),キニーネ(抗マラリア),エフェドリン(咳止め),ヨヒンビン(催淫),コルヒチン(染色体倍加)などのように適当量の使用で,医薬品として用いられるものも多数にのぼる.植物体内における作用は,(1)代謝の最終産物,(2)アミノ酸の貯蔵,(3)外敵からの防御など種々の説があるが,はっきりしていない.その植物体内における含量と存在比は,季節によって変動がみられる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
類塩基,植物塩基とも呼ばれる。天然の有機塩基類で窒素原子を含み,アルカリ性の反応を示し,酸と結合して塩類をつくる物質の総称。しかし動物体内に存在するプリン誘導体や塩基性のタンパク質,アミノ酸などは通常これに含めない。アルカロイドに類似した構造をもつ合成物質も,合成アルカロイドとしてアルカロイドに含めることがある。多くは苦味があり,薬理活性,毒性等を有する。
アルカロイド単離の第1号はモルヒネである。アヘンの有効成分の単離を志したドイツの薬剤師ゼルチュルナーF.W.A.Sertürner(1783-1841)が,1803年に研究に着手し,3年後にその成功を報告した。この研究成果を重視したマイスネルが18年にアルカロイド(〈アルカリ様の〉の意)という総称を提唱したものである。モルヒネの発見は当時,生薬や有毒植物などから活性成分をとり出す研究をおおいに刺激し,その後の有機化学や製薬工業の発達を促進した。なかでもキナ皮からのキニーネの単離(1820)が重視される。日本では,長井長義の麻黄からエフェドリンを単離した研究が有名である。植物体内でのアルカロイドの生成経路についても知見が集積されつつある。たとえばイソキノリン型アルカロイドの生合成機構については,古くからの研究により,アミノ酸のチロシンから導かれるドーパミンが植物体内にあるアルデヒドと縮合してノルラウダノソリンを生成し,これからアポルフィン系,モルヒネ系,プロトベルベリン系などの各種のアルカロイドが生成すると考えられている。アルカロイドは植物体内ではシュウ酸,酒石酸,メコン酸その他の種々の有機酸などの塩として存在するが,それらの植物体内における生理学的意義は不明である。アルカロイドを多く含む植物には次のような種類がある。単子葉植物(ユリ科,ヒガンバナ科,イネ科,ラン科,ヤシ科,ビャクブ科),双子葉植物(ケシ科,アカネ科,キンポウゲ科,ツヅラフジ科,ナス科,マメ科,キョウチクトウ科,コショウ科),裸子植物(マオウ科,イチイ科),菌類(子囊菌等)。これらのアルカロイドは,アルカロイド沈殿試薬およびアルカロイド呈色試薬を用いて,その存在を知ることができる。主要なアルカロイドとして次のようなものが挙げられる。
(1)アヘンアルカロイド 麻薬性鎮痛薬モルヒネ,鎮咳薬コデイン,鎮痙薬パパベリン等の医療上重要なアルカロイドを含む。(2)キナアルカロイド マラリア治療薬のキニーネ,抗不整脈薬のキニジンを含む。キニーネは代表的苦味物質でもある。(3)ラウオルフィアアルカロイド インドジャボクのアルカロイドでレセルピンなどを含む。レセルピンは血圧降下作用,静穏作用を有し,中枢神経系や交感神経末端の化学伝達物質を枯渇させることがその作用機序とされる。(4)麦角アルカロイド ライムギの穂に寄生する菌に含まれるアルカロイドで,エルゴタミン,エルゴメトリンなど。これらは子宮収縮・止血作用等を有し,陣痛促進薬として用いられる。
これらグループとしての名称をもつアルカロイドのほかにも,次のように多様な活性をもつアルカロイドがある。強い中枢興奮・幻覚作用を有するコカイン,メスカリン,LSD,脊髄反射を著しく亢進させ,ついには激烈な痙攣(けいれん)から致死効果を示すストリキニーネなどは,薬と毒の両方の特性を備えたアルカロイドで,医学の世界のみならず推理小説等多くの文学作品にも登場する。漢方薬からも多くのアルカロイドが抽出されており,麻黄からのエフェドリン(鎮咳薬),黄連からのベルベリン(腸内殺菌薬)などが有用である。副交感神経遮断薬のアトロピンは鎮痙作用,瞳孔散大作用等を示す医療上重要なアルカロイドであるが,その含有植物のハシリドコロ,チョウセンアサガオは,食用野草と誤認されて,しばしば重篤な中毒をひき起こす。ヒガンバナの鱗茎にも,催吐性のアルカロイドのリコリンなど30種以上のアルカロイドが見いだされている。南米で矢毒として用いるクラーレにもアルカロイドが含まれる。タバコに含まれるニコチンも薬理活性,および毒性ともに強力なアルカロイドで,紙巻きタバコ1本中に,幼児を死に至らしめる量のニコチンが含有されている。《Encyclopedia of the Alkaloids》(1975)には約4030種のアルカロイドが収載されており,これらが14ないし16のグループに分類されている。(表参照)
執筆者:渡辺 和夫
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…このうち洋薬とは古代からヨーロッパで使われてきたものに,16世紀以降,新大陸,アフリカおよび東南アジア地域で利用されていたものが移入されて,その薬効成分が研究され,強い生理作用をもつ生薬が加えられたものである。強い生理作用をもつ生薬の多くはアルカロイドか強心配糖体を含んでいる。
[薬効]
薬用植物には治療に使うものと,健康保持などの予防に使うものがあるが,それらの種類および使用量ならびに頻度は圧倒的に後者にかたよっている。…
※「アルカロイド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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