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ツポレフ ツポレフ Tupolev, Andrei Nikolaevich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ツポレフ
ツポレフ
Tupolev, Andrei Nikolaevich

[生]1888.11.10. カリーニン,プストマゾボ
[没]1972.12.23. モスクワ
ソ連の空軍将校で航空機設計技術者。モスクワ高等工業大学卒業後,1918年に中央航空力学研究所創設に協力,35年まで同所の次長。アメリカドイツに機密を漏したとして,38年に逮捕されたが5年後に社会に復帰。

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百科事典マイペディアの解説

ツポレフ

ソ連の航空機設計家。モスクワ工科大学で航空力学を専攻,革命後中央空気・流体力学研究所に入り,1920年自分の設計局を主宰するようになる。1922年のANT-1複葉機からTu-2爆撃機,Tu-144超音速輸送機など,大型機の設計に当たった。
→関連項目ジュコーフスキー

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世界大百科事典 第2版の解説

ツポレフ【Andrei Nikolaevich Tupolev】

1888‐1972
ソ連航空の父というべき名設計者。トゥポレフとも呼ぶ。パストマゾボの生れ。帝政ロシア当時の航空学者N.E.ジュコーフスキーからモスクワ工科大学で教育を受け,革命後はソ連の中央空気および流体力学研究所でジュコーフスキーの助手を務め,1920年には自分で設計局をもった。その後ドイツのユンカース系統のジュラルミン金属機を多く設計した。そのころ彼の設計は頭文字を使ってANT各型と命名され,その中には8発のANT20もある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ツポレフ
つぽれふ
Андрей Николаевич Туполев Andrey Nikolaevich Tupolev
(1888―1972)

ソ連の飛行機設計者。1922年のANT‐1(ANTはツポレフの頭文字)からTu‐154、爆撃機Tu‐26バックファイアや超音速輸送機Tu‐144を含む多彩な作品を発表している。晩年には息子のアレクセイAlexei Tupolev(1925―2001)が実務を担当した。輸送機はほとんど西欧の模倣作だが、軍用機には独創的なものが多く、ソ連の誇る航空学者ジュコフスキーN. E. Zhukovskiy(1847―1921)の流れをくむツポレフの個性が明らかに認められる。スターリン時代には投獄されたことがある。[佐貫亦男]

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