ドイツの社会学者。ドイツ北西部の農村で過ごした幼時の生活は保守的な気質を育てたが,諸大学を遍歴しチュービンゲンで古典言語学の学位をとったのち,関心は政治哲学,社会問題に向かった。1878年,イギリスに滞在し,ロンドン大学でのホッブズ研究は《トマス・ホッブズ--生涯と教説》(1896)となって結実した。ドイツの経済的発展,労働者運動の前進は彼がマルクス主義と取り組むことを不可避にしたが,基本的には反マルクス主義であった。しかし労働組合や協同組合運動に積極的に参加,またフィンランドやアイルランドの独立運動を支援した。1913年キール大学の哲学・社会学の教授となる。またジンメル,ゾンバルト,M.ウェーバーとともに創立したドイツ社会学会の会長を1909-33年の間務めた。1904年にはアメリカ社会学会の通信会員でもあった。第1次大戦時はドイツの主張を擁護したが,戦後ナチスの勃興に抗議し,社会民主党に加入した。32-33年にナチズムと反ユダヤ主義を公然と非難したため,キール大学名誉教授の地位を奪われ,〈私の希望を民族的労働者運動の国際性にのみ見る〉と記した。
社会学での彼の主著《ゲマインシャフトとゲゼルシャフト》(1887)の草稿は,1881年キール大学私講師となったときの資格取得論文であるが,ひろく社会諸科学に大きく影響した(ゲマインシャフト)。彼はあらゆる社会的相互作用や集団を人間の思考と意思とがつくったものとして考え,これら社会的実在態を社会的集合体Samtschaft,社会団体Körperschaftおよび社会関係Verhältnisseに大別し,目的および手段と意思とのかかわり方から,自然的な本質意思Wesenwilleと選択意思Kürwilleという二つの意思類型を区別したのはよく知られている。
執筆者:田中 清助
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…社会進化論や進歩の理論がどちらかというと直線的で量的な社会発展の図式を唱えるのに対し,マルクス主義では生産力と生産関係の矛盾に起因する社会構造の質的で革命的な変化を強調する。 社会学では発展段階説としては上述のスペンサーやコントのほかに,テンニースの本質意志を結合原理とするゲマインシャフト→選択意志を結合原理とするゲゼルシャフト,デュルケームの同質的分業を結合原理とする環節的社会→異質的分業を結合原理とする有機的社会,などが知られている。また最近ではパーソンズなどによって〈環境への適応能力の増大〉という観点から,社会進化論の復興が試みられている。…
※「テンニース」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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