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ディートリヒ ディートリヒ Dietrich, Christian Wilhelm Ernst

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ディートリヒ
ディートリヒ
Dietrich, Christian Wilhelm Ernst

[生]1712
[没]1774
ドイツの画家,銅版画家。レンブラントや S.ローザワトーなどに近い画風の歴史画,風景画,風景銅版画を多数制作した。

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ディートリヒ
ディートリヒ
Dietrich, Marlene

[生]1904.12.27. ベルリン
[没]1992.5.6. パリ
ドイツ出身の映画女優。本名 Maria Magdalene von Losch。マックスラインハルト演劇学校に学び,レビューオペレッタ,映画に出演していたが,J.スターンバーグに見出されて『嘆きの天使』 (1930) の主役に抜擢され,その脚線美と退廃的な美貌で世界的な人気を博した。

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ディートリヒ
ディートリヒ
Dittrich, Rudolf

[生]1861.4.25. ガリチア近郊ビアラ
[没]?
オーストリアハンガリー帝国の来日教師。ウィーン音楽院を優等で卒業。 1888年 11月,東京音楽学校教師として日本に招聘され,夫人ペリーネとともに着任。小学校唱歌の和声法から,管弦楽の演奏にいたるまで,多彩な芸術活動の教授,指導にあたり,幸田延など優秀な門下生を育成し,94年7月,満期解任,帰国した。

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デジタル大辞泉の解説

ディートリヒ(Marlene Dietrich)

[1901~1992]米国の映画女優。ドイツ生まれ。ドイツ映画「嘆きの天使」で一躍注目され、米国映画界入り。退廃的な雰囲気で人気を博した。歌手としても活躍。出演作「モロッコ」「情婦」など。

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百科事典マイペディアの解説

ディートリヒ

ドイツ出身の米国の映画女優,歌手。ベルリンに生まれ,舞台・映画で活躍,《嘆きの天使》(1930年)で認められ,監督J.v.スタンバーグとともに渡米。以後《モロッコ》(1930年)等で脚線美,ハスキーな声が人気を呼んだ。
→関連項目クーパースーパーインポーズヤニングス

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世界大百科事典 第2版の解説

ディートリヒ【Marlene Dietrich】

1904‐92
ドイツおよびアメリカの映画女優。ベルリンに生まれ,父も母の再婚による養父もプロイセン軍の将校で,〈感情を隠すことが家庭でのしつけのすべて〉として育てられた。そのような身についた感情の欠如と無表情が,のちに映画監督ジョゼフ・フォンスタンバーグの目をとらえることになる。はじめマックス・ラインハルト演劇学校で学び,ドイツの雑誌でグレタ・ガルボと比較される人気女優になっていた1929年,スタンバーグに認められて《嘆きの天使》(1930)のローラ・ローラの役に抜擢(ばつてき)され,〈脚線美〉と〈退廃的な美貌〉で全世界の話題をさらった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ディートリヒ
でぃーとりひ
Marlene Dietrich
(1901―1992)

アメリカの女優、歌手。ベルリンの中流貴族の家柄の出身で、演劇と音楽を学んだのち、1923年から映画と舞台に出演。1930年、ハリウッドのスタンバーグ監督のドイツ映画『嘆きの天使』のローラ役に抜擢(ばってき)され、同年アメリカ映画界入りをし、スタンバーグ監督とのコンビで1935年までに『モロッコ』『間諜(かんちょう)X27』『上海(シャンハイ)特急』『ブロンド・ヴィナス』『恋のページェント』『西班牙(スペイン)狂想曲』の6本に主演。「100万ドルの脚(あし)」と退廃美で一時代を築き、G・ガルボとしばしば対比された。ナチスを嫌って1939年にはアメリカに帰化し、第二次世界大戦中はヨーロッパの前線で兵士の慰問に活躍した。『リリー・マルレーン』をはじめとする持ち歌で、1953年以降はエンターテイナーとしても活躍、1970年(昭和45)の大阪万国博覧会で初来日した。その他の映画出演に『砂漠の花園』(1936)、『鎧(よろい)なき騎士』(1937)、『狂恋』(1946)、『情婦』(1958)など。[畑 暉男]
『高橋英一著『愛しのマレーネ・ディートリッヒ』(1984・文化出版局)』

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世界大百科事典内のディートリヒの言及

【スタンバーグ】より

…アメリカの映画監督。アメリカのギャング映画の歴史を開いた《暗黒街》(1927)の監督であるとともにマルレーネ・ディートリヒを世界的なスターに仕上げたドイツ映画《嘆きの天使》(1930)の名監督として知られる。ウィーンの中流ユダヤ人家庭に生まれたが,貴族を思わせる〈フォン〉は,のちにアメリカの映画製作者の商魂によって付け加えられたもの。…

【嘆きの天使】より

…女流監督レオンティーネ・ザガン(1889‐1974)の《制服の処女》(1931)などと並んでドイツのトーキーの本格的到来を告げるとともに,またワイマール時代のドイツ映画の末期を飾った作品である。スタンバーグに発見されたマルレーネ・ディートリヒが一躍スターとなったことでも知られる。帝制ドイツの教育制度と教育者のまやかしの権威と偽善性を告発したハインリヒ・マンの小説《ウンラート教授――ある暴君の末路》(1905)の映画化で,ふとしたことからキャバレー〈青い天使〉(《嘆きの天使》の原題)の歌手(ディートリヒ)の色香に迷う道学者ぶった謹厳な高校教師(エミール・ヤニングス)の堕落とその末路を描く。…

【モロッコ】より

…ジョゼフ・フォン・スタンバーグ監督作品。ドイツ映画《嘆きの天使》(1930)でスタンバーグ監督により発見され一躍スターになったマルレーネ・ディートリヒが,ハリウッドに〈輸入〉されて出演した初めてのアメリカ映画であり,〈ピグマリオンとガラテア〉にたとえられたスタンバーグ=ディートリヒコンビによる一連のハリウッド作品(1935年の《西班牙狂想曲》まで6本ある)の出発点となった。ドイツで上演されていた舞台劇《アミー・ジョリー――マラケシュからきた女》(1927)を原作とし,外人部隊の兵士とモロッコまで流れてきたキャバレーの歌手との絶望的なロマンスをエキゾティックにうたいあげたメロドラマだが,当時の〈シングル・トラック・システム〉という制限のなかで,必要な音声だけを巧みにとり入れた独創的な音響処理が高く評価された。…

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