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デンマーク王立バレエ団 デンマークおうりつバレエだんRoyal Danish Ballet

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

デンマーク王立バレエ団
デンマークおうりつバレエだん
Royal Danish Ballet

1748年にデンマーク王立劇場が建設されるとともに,その専属として設立されたバレエ団。イタリアから V.ガレオッティを招きボルテールやシェークスピア作品を上演し,92年にはアントアーヌブールノンビルを迎えて基礎を固めた。 1829~77年,アントアーヌの息子 A.ブールノンビルがバレエ・マスターになるに及んで最盛期を迎えたがその後は次第に衰退。 1932年 H.ランダーの登場とともに A.ブールノンビルの『ナポリ』などが復活上演され,『エチュード』などのランダー自身の作品も上演されて,再び活況を呈するにいたった。 V.ボルコワが教師として就任したあと,ロシア派の技術を多く取入れ,ブールノンビル一辺倒から抜け出したとして国際的な評価を得,E.ブルーン,P.マーティンスら世界的な男性舞踊手を輩出。 79年からは F.アンデルセンが芸術監督に迎えられている。本拠とするコペンハーゲン王立劇場のプロセニアム・アーチには「楽しみのためならず」という言葉が刻まれており,このバレエ団の公演主旨を示している。

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百科事典マイペディアの解説

デンマーク王立バレエ団【デンマークおうりつバレエだん】

コペンハーゲンに本拠を置くデンマークのバレエ団。オペラ,バレエ,演劇を舞台にのせていたデンマーク王立劇場(創立1748年)が1771年に設立した舞踊学校を前身として発展。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

デンマーク王立バレエ団
でんまーくおうりつばれえだん
The Royal Danish Ballet

デンマークのバレエ団。その歴史は古く、1748年にコペンハーゲンの王立劇場開場とともに発足した。1829年にオーギュスト・ブルノンビルがバレエ・マスターとなって以降の半世紀に、パリ・オペラ座に匹敵するほど有名なバレエ団となり、ロマンチック・バレエ『ラ・シルフィード』『ナポリ』などを上演した。この伝統は、1932年から51年のハラルド・ランダーHarald Lander(1905―71)の時代にも受け継がれ、ブルノンビルの作品は世界各国のバレエ団のレパートリーに加えられ、ランダー自身も『エチュード』を振り付けた。その後も、エリック・ブリューンEric Bruhn(1928―86)、ピーター・マーチンスPeter Martins(1946― )、ペーター・シャウフスPeter Schaufuss(1949― )、フレミング・フリントFlemming Flindt(1936― )など世界のバレエ団で活躍する男性ダンサーを輩出している。女性ダンサーにはオーゼ・ガッドゥRose Gad(1968― )やシリア・シャンドーフSilja Schandorff(1969― )らがいる。芸術監督はフランク・アンデルセンFrank Andersen(1953― )、シャウフスら。[市川 雅・國吉和子]

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世界大百科事典内のデンマーク王立バレエ団の言及

【バレエ】より

…イタリアではミラノの〈スカラ座バレエ団〉が往年の盛名を取り戻し,ドイツではすべての大都市にバレエ団があり,ことにJ.クランコの育てた〈シュトゥットガルト・バレエ団〉は優れた作品を多く世に送っている。デンマークでは,ロマンティック・バレエ時代の演目を多く保存している〈デンマーク王立バレエ団〉に国際的な評価が高まり,独自のブルノンビルによる新システムによって教育された踊り手が注目を集めるようになった。他の西欧諸国にもおおむね多くのバレエ団がある。…

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