アーチ(読み)あーち(英語表記)arch

翻訳|arch

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アーチ」の意味・わかりやすい解説

アーチ
あーち
arch

上方に凸な平面曲線状の開口部をつくるために、その平面曲線に沿って楔(くさび)形のれんがや石を逐次積み上げ、その自重とその上部の壁体の重量を支持できるようにした構造物。アーチはその平面曲線の形状により分類される。ラウンド・アーチround archの例としては半円アーチ、尖頭(せんとう)アーチの例としては2個の円弧からなるランセット・アーチlancet archなどがある。

 楔形の小さなれんがや石のサイズに比べて、かなり広いスパンspan(支点間の距離)の開口部を、中間の支持体なしにつくることができる力学的原理を簡単に説明しておこう。等しい重量の重りを等間隔でケーブルに吊(つ)り下げると、ケーブルには引張り力だけが作用し、重量分布に応じたケーブル形状が定まる。全重量は両端の引張り支持力の鉛直成分とつり合う。鉛直面内で水平面h―h′に関して、そのケーブル曲線と対称な曲線が得られるように転回し、楔形れんがを積み上げると、れんがの自重はケーブルとは逆に、主として相互に押し合う力だけによって支持され、最終的には全重量が両端に伝えられて支持される。しかしあまりにも扁平なアーチでは、両端の支持力として鉛直成分のみならず比較的大きな水平成分も必要となる。このようにしてアーチの楔状れんがが自重やその直上の壁体重量を支持する作用をアーチ作用という。アーチがアーチ作用を発揮できるためには、十分強剛な基礎または支持台が必要となる。

 アーチ作用は、現代では合成木材鉄筋コンクリート構造のアーチにおいても利用されている。上方に凸な平面曲線状の単一の棒材は、鉛直荷重に対するアーチ作用のみならず、地震による慣性力や、その他の外力に対しても梁(はり)作用によって抵抗する能力をもっている。このほかに、鋼部材を多数組み合わせて、全体として平面曲線状を呈するように構成したアーチ形トラスも、アーチ作用を示す。これらの現代のアーチは、内部に柱などの支持体のない広大なスパンの空間を実現するのに利用される。多数のアーチを並列したり、交差させたり、あるいはシェル構造などと組み合わせたりして、ダイナミックな外観の種々の大スパン構造物がつくられてきた。

[中村恒善]

歴史

アーチの歴史は古く、新石器時代にすでに三角形アーチが用いられた。曲線のアーチが最初に用いられたのは紀元前4000年ごろメソポタミアにおいてであった。エジプトでは墳墓で三角形アーチが、穀物舎でボールトvaultが採用された。アーチを前後に連続させたものをボールトというが構造的には同様のものである。ギリシアでは楣(まぐさ)式構造が一般的であるが、前2世紀になってプリエネアゴラの門にアーチが使われた。大規模で美しいアーチはエトルリア人によって建設され、ペルージア市門の遺構がある。エトルリア人のアーチの技術はローマ人が受け継ぎ、彼らはそれをもっとも重要な造形表現、技術として展開していった。水道橋、闘技場、バシリカをはじめとして、ローマ建築はアーチを抜きにしては考えられないほどである。古代ローマのアーチはもっぱら半円形を主体とするもので、中世ロマネスク建築もこれを踏襲している。一方、イスラム建築では馬蹄(ばてい)形アーチhorseshoe archが好まれた。ゴシック建築は新しく尖頭(せんとう)アーチとこれに関連した架構システムによってみごとな様式をつくりあげた。イスラムでも好んで用いられた反曲点をもつオジー・アーチogee archが後期ゴシック建築に導入されて華やかさを加えた。さらにルネサンス、バロックでは半円アーチが復活した。19世紀になって鉄によるアーチ構造は大スパンの建造物の架構を可能にした画期的なものとなった。

[長尾重武]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アーチ」の意味・わかりやすい解説

アーチ
arch

建築用語。弧形に掛渡した構造物。古典建築における水平な 楣 (まぐさ) では空間のかけ渡しに限度があるため,それに代る工夫として登場した。最も単純な形は2本の荒材を相互に支え合せたもので,三角形の開口部をつくる。次いで持出しアーチは平材を数層に重ね,上へいくほど開口部をせばめるように材を突き出し,最上部で完全に開口部を閉じる。その開口部へ突き出した端は下に支えがないため,上からの圧力に弱い。さらに進んだアーチとして,楔形の迫石 (せりいし) を半円形に配列して,垂直に下降する圧力を側方の推力に弱める方法があり,一般にアーチと呼ばれるものはこれである。アーチにはその補強法と装飾効果によって (1) 半円アーチ,(2) 陸アーチ,(3) 三葉形アーチ,(4) 尖頭アーチ,(5) 葱花アーチ,(6) カーテン状アーチ,(7) チューダーアーチ,(8) 馬蹄形アーチなど多種の変形がある。アーチは,中世において重要な建築要素であったが,ルネサンス以降は単純な半円アーチが広く用いられている。

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