デーリーヘラルド(英語表記)Daily Herald

精選版 日本国語大辞典 「デーリーヘラルド」の意味・読み・例文・類語

デーリー‐ヘラルド

  1. ( Daily Herald ) イギリス新聞。一九一二年創刊。労働党系だったが、六四年、政党色を脱して、朝刊紙「サン」に継承された。

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改訂新版 世界大百科事典 「デーリーヘラルド」の意味・わかりやすい解説

デーリー・ヘラルド
Daily Herald

イギリスの大衆紙。1912年,ストライキ中の印刷工によって発行され,その後社会主義系の日刊紙に発展し,第1次大戦中週刊紙になったが経営難が続き,戦後ランズベリーGeorge Lansburyが,炭鉱,鉄道など労働組合から資金を集めて19年,日刊紙として再出発した。ランズベリーは編集長として,B.ショー,H.エリス,A.ハクスリーなど多彩な文人を寄稿者に集め,単なる社会主義新聞ではない文化的に活気のある新聞を作った。部数は20年には約33万部に伸びたが,広告主が集まらず,再び財政危機に陥った。22年,労働党と労働組合会議(TUC)に譲渡され,公式の労働党機関紙となった。紙面は権威あるものになったが,たいくつになり,一般大衆紙との競合から脱落した。

 29年,出版・印刷会社オダムスの経営者エライアスJ.S.Elias(のちサウスウッド卿 Load Southwood)に,政治的な主張は労働党・労働組合会議を支持するという条件でゆだねられ,30年から新しく出発することになった。この条件は忠実に守られたが,エライアスは新聞を徹底して大衆化し,大量の勧誘員を雇って戸別訪問させ,カメラ万年筆,はてはディケンズ全集まで景品にして部数拡大(広告獲得)にのり出した。イギリス新聞販売史上,最も非難される時期であるが,約25万しかなかった部数が37年には200万前後に上昇した。これにより《デーリー・メール》《デーリー・エクスプレス》と競合する有数の大衆紙としての地位を確立した。しかし,第2次大戦後,労働党政権のもとで紙面は大衆化したものの,部数は伸びず64年に廃刊し,《サンThe Sun》と改題して再出発している。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「デーリーヘラルド」の意味・わかりやすい解説

デーリー・ヘラルド
でーりーへらるど
Daily Herald

イギリスの日刊大衆新聞。1911年1月、ロンドンの印刷工がストライキを起こした際に創刊された週4日刊、4ページの新聞だったが、翌年4月一般全国紙を志して発行を再開。第一次世界大戦中は週刊紙となったが、19年からふたたび日刊となり、22年、労働組合総評議会の機関紙として発行されるようになった。経営難から29年にはオダムズ・プレス社に株の51%を譲渡、労働党の持株は49%となったが、編集方針は労働組合会議(TUC)の政策に沿う一般商業紙となり、激しい販売競争のすえ100万部を突破するに至った。第二次大戦中、爆撃によって大被害を受けたにもかかわらず、労働党の勢力が伸びたため200万部以上を維持したが、商業紙として生き延びるには編集方針上の制約があって、61年、インターナショナル・パブリッシング・カンパニー(IPC)に買収された。その後も経営内容は向上せず、64年廃刊され、後継紙として朝刊紙の『サン』が発行されている。

[伊藤慎一]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「デーリーヘラルド」の意味・わかりやすい解説

デーリー・ヘラルド
Daily Herald

イギリス労働党の機関紙。 1912年印刷工ストライキの際,ストライキ新聞として誕生,23年労働党とイギリス労働組合会議 TUCの機関紙となった。 29年 TUCとの協定でオダムズ出版社が出版元となり,47年には 225万部の発行部数を誇っていた。以後商業新聞に圧倒されて経営不振に陥り,60年 TUCとの関係を断って独立したが,64年廃刊。同年『デーリー・ミラー』系に買収され,以後『サン』 SUNと改題して再発行されている。

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世界大百科事典(旧版)内のデーリーヘラルドの言及

【サン】より

…(2)イギリスの大衆紙。労働党内閣の成立などを背景に,特異な活躍と存在を示した労働党機関紙《デーリー・ヘラルドDaily Herald》(1912創刊)が,1929年経営不振のためオダムズ新聞社Odhams Pressの手で大衆紙化され,いったんはもちなおしたものの64年9月14日ついに廃刊となり,これをデーリー・ミラー系が買収,翌日から《サン》と改題した。69年,マードックRupert Murdochが買収,創刊時から労働党系だった同紙の論調を保守党よりに変え,以降総選挙のたびに保守党支持のキャンペーンを展開,勝利に大きく貢献したとされる。…

※「デーリーヘラルド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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