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トカチョーフ Tkachëv, Pëtr Nikitich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トカチョーフ
Tkachëv, Pëtr Nikitich

[生]1844.7.11. プスコフ
[没]1886.1.4. パリ
ロシアの革命家,ナロードニキの理論家。小貴族の家に生れ,早くから N.G.チェルヌイシェフスキーらに影響されて革命運動に参加。 1861年ペテルブルグ大学に入学,ただちに学生運動に加わり,逮捕,投獄を繰返した。 69年 S.G.ネチャーエフの組織に参加したかどで逮捕され,73年スイスへ逃れた。 75年ジュネーブで革命的新聞『警鐘』 Nabatを発刊,さらに 77年陰謀的組織「人民解放協会」を結成。のちフランスにおもむき,ブランキスト集団と接触を深め,機関誌活動などを続けた。彼の革命理論は,労働者の代りにインテリゲンチアを革命の中心勢力とみなし,暴力と政治的陰謀の駆使による革命を主張,それを実現する中央集権的で厳格な規律を有する集団の組織的強化を強く訴え,ナロードニキの「人民の意志 (党) 」に強い影響を与えた。主著『ロシアにおける革命的宣伝の諸任務』 Zadachi revolyutsionnoi propagandy v Rossii (1874) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

トカチョーフ【Pyotr Nikitich Tkachyov】

1844‐86
ロシアの革命理論家。プスコフ県の小貴族の家庭に生まれる。1861年ペテルブルグ大学法学部入学,同年大学紛争で逮捕。12月釈放,62年再逮捕,63年釈放。65年,ブラゴスベトロフにより《ロシアの言葉》誌に招かれ,経済・歴史問題を担当。66年から《ジェーロ(事業)》誌に寄稿。69年,ネチャーエフ事件に連座し,檄文〈社会へ〉執筆のかどで逮捕。71年裁判で有罪,73年刑期を終え故郷プスコフ県で自宅監視。73年末に亡命,チューリヒラブロフのもとに行く。

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