トラー(英語表記)Toller, Ernst

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トラー
Toller, Ernst

[生]1893.12.1. ザーモチーン
[没]1939.5.22. ニューヨーク
ドイツのユダヤ系劇作家,詩人。 1920年代の急進的社会主義を代表する文学者。第1次世界大戦で志願兵となり,病に倒れ反戦思想をいだいて帰還。 19年バイエルン労農兵評議会議長として活躍,のち5年間の禁錮刑,33年アメリカに亡命,窮乏のうちに自殺した。詩集『獄中の歌』 Gedichte der Gefangenen (1921) ,表現主義の戯曲『群衆・人間』 Masse-Mensch (21) ,『機械破壊者』 Die Maschinenstürmer (22) などは獄中で書かれた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

トラー

ドイツの劇作家,詩人。ユダヤ系の商家に生まれる。グルノーブル大学在学中に第1次世界大戦に従軍し,傷病兵となり,戦争の悲惨な体験から熱烈な平和主義者となった。帰還してハイデルベルク大学に学んだが,K.アイスナーと出会い,ドイツ独立社会民主党に入党した。ミュンヘンで,1918年に軍需工場労働者のゼネストを指導し逮捕されるが,獄中で完成した戯曲《転身》(1919年)がベルリンで初演され好評を得,表現主義を代表する作家の一人として評価を確立した。出獄して,アイスナーの指導するバイエルン労農兵評議会(労兵レーテ)の一員として革命政府をつくるが,打倒され,再び逮捕されて禁錮刑を受ける。再出獄後,《どっこい,生きている》(1927年),《ボイラーの火を消せ》(1930年)など,映画的手法やルポルタージュ的技法を駆使した,新即物主義的な作品で評価を高めた。ナチスが政権を取ると米国に亡命,創作を続けるかたわらスペイン人民戦線政府の支援活動などに従事したが,1939年ニューヨークで自殺。
→関連項目表現主義

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

トラー【Ernst Toller】

1893‐1939
ドイツの劇作家,詩人。旧プロイセン領のザモーチンでユダヤ系の商家に生まれ,グルノーブル大学で法学を学んだおり,第1次大戦が勃発し従軍,戦争の悲惨さを体験し傷病兵として帰還したのを転機に,平和主義者となった。除隊後ハイデルベルク大学に学び,またK.アイスナーと知りあい,独立社会民主党員となる。1918年,ミュンヘンで軍需工場労働者のゼネストを指導して逮捕され,獄中で完成した,人間愛にもとづく非暴力革命をうたう戯曲《転身》(1919)がベルリンで初演され,表現主義作家としての名声が高まった。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

トラー【Ernst Toller】

1893~1939) ドイツ表現主義の劇作家。革命運動に参加し、のちアメリカに亡命。その地で自殺。作「転変」「群集・人間」「どっこいおいらは生きている」

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トラー
とらー
Ernst Toller
(1893―1939)

ドイツの劇作家、詩人。ポーランド、ザモチンのドイツ系ユダヤ商人の家に生まれる。第一次世界大戦に志願兵として従軍、重傷を負い退役。戦後、革命運動に携わり、ミュンヘンのレーテ革命では労農評議会議長、赤衛軍司令官を務める。革命挫折(ざせつ)後、大逆罪で5年間の禁錮刑を受ける。獄中執筆の表現主義的戯曲『転変』(1919)、『群集・人間』(1921)、『機械破壊者』(1922)、『ヒンケマン』(1923)は、いずれも革命と平和主義、集団と個の相克がテーマで、上演のたびにセンセーションを巻き起こした。33年アメリカに亡命、39年ニューヨークのホテルで自殺。ほかに詩集『燕(つばめ)の歌』(1924)、戯曲『どっこいおいらは生きている』(1927)、『ハル神父』(1939)などがある。ドイツでは近年全五巻の全集が出版され(1978)、再評価の機運が強い。[山本 尤]
『田村俊夫訳『機械破壊者』『ヒンケマン』(1933・春陽堂)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

医療過誤

診療過誤ともいい,医療行為一般の誤りをさす。医学知識の不足,医療技術の未熟,診療行為の全体としての疎漏さ,不適切な薬剤や医療器具の使用などが原因となる。具体的には誤診,診断の遅延,手術過誤,注射事故,...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android