コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ Duccio di Buoninsegna

世界大百科事典 第2版の解説

ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ【Duccio di Buoninsegna】

1278‐1318年ころおもにシエナで活動したイタリアの画家。生没年不詳。S.マルティーニロレンツェッティ兄弟ら14世紀のシエナ派の画家たちや,フィレンツェ派にも影響を及ぼしたシエナ派絵画の確立者。初期の大作《ルチェライの聖母》(1285委嘱)では,ビザンティン様式を基礎としながらも,ジョットほど革新的ではないが聖母子像に新しい生命力と人間性とを吹き込んでいる。また《マエスタ(荘厳の聖母)》(1311)は,板絵画家として,技術面だけではなく,物語描写において,彼が当時最も優れた画家の一人であることを立証している。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

世界大百科事典内のドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの言及

【ゴシック美術】より

…ジョットはアッシジ,パドバ,フィレンツェ(サンタ・クローチェ教会)の壁画において,このような現実感のこもった劇的な宗教芸術を実現したのであった。フィレンツェのジョットとその門人たちの活動に対し,ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ,マルティーニおよびロレンツェッティ兄弟らのシエナ派の活動もめざましかった。ドゥッチョらはビザンティン絵画の伝統をおしすすめ,精巧な技巧をもって,現実感に裏づけられた中世宗教画の美を発揮する。…

【シエナ派】より

…シエナ派絵画の淵源は,この地域のベネディクト会修道院で数多く作られたミニアチュールにあり,そこからこの派を特徴づける豊かで優美な色彩と,このうえなく洗練された技法への嗜好が生まれた。13世紀にはすでにグイード・ダ・シエナGuido da Sienaのような画家が現れるが,真にこの派の基礎を確立したのは,ジョットと同時代のドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャが登場してからである。彼は東方のビザンティン美術と北方のゴシック美術を摂取・融合して,繊細な形態を線のリズムが包む甘美で抒情的な画風をつくり上げ,さらに弟子のシモーネ・マルティーニが,よりソフトで優雅な装飾性の濃い絵画へと発展させた。…

※「ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャの関連キーワードロレンツェッティ[兄弟]シエナ大聖堂

今日のキーワード

分水嶺

1 分水界になっている山稜(さんりょう)。分水山脈。2 《1が、雨水が異なる水系に分かれる場所であることから》物事の方向性が決まる分かれ目のたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android