ドンブロフスキ(読み)どんぶろふすき(英語表記)Jarosław Dąbrowski

日本大百科全書(ニッポニカ)「ドンブロフスキ」の解説

ドンブロフスキ
どんぶろふすき
Jarosław Dąbrowski
(1836―1871)

ポーランドの軍人、革命家。ペテルブルグ陸軍大学を卒業。1860年にガリバルディの指導するイタリア民族解放運動に参加したのち、62年にはワルシャワで革命左派を指導し、国民中央委員会を組織。ロシアの革命家たちと連絡をとり、ロシア帝国に対する独立蜂起(ほうき)を準備した。そのため同年8月に逮捕されたが、モスクワで脱走に成功し、のちフランスに亡命、同地で亡命左派のグループに参加した。71年のパリ・コミューンの蜂起では、武装勢力を指導し、ベルサイユの政府軍に対する先制攻撃を主張したが、受け入れられなかった。同年5月にコミューン軍の総司令官に任命されたが、政府軍のパリ総攻撃の際に重傷を負って死亡した。

[安部一郎]

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367日誕生日大事典「ドンブロフスキ」の解説

ドンブロフスキ

生年月日:1755年8月29日
ポーランドの将軍
1818年

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「ドンブロフスキ」の解説

ドンブロフスキ
Dąbrowski, Jan Henryk

[生]1755.8.29. ピェシュホウェツ
[没]1818.6.6. ポズナン,ウィンノグラ
ポーランドの軍人,将軍。 1772~92年ザクセン軍に奉職後,94年 T.コシチューシコ蜂起に参加。 95年敗北と国家滅亡 (→ポーランド分割 ) 後,ミラノでポーランド軍団を編制し,ナポレオン軍に仕官,ワルシャワ公国の建国モスクワ遠征で活躍した。 1814年帰国し,15年ロシア支配下の会議王国 (ポーランド王国) 上院議員地位についた。

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