ガリバルディ(読み)がりばるでぃ(英語表記)Giuseppe Garibaldi

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ガリバルディ」の意味・わかりやすい解説

ガリバルディ
がりばるでぃ
Giuseppe Garibaldi
(1807―1882)

近代イタリアの愛国者、軍人ニース船員の子として生まれ、15歳ごろから地中海や黒海を航海する。1833年中葉に、マッツィーニの結成した「青年イタリア」党の存在を知り、34年2月にはマッツィーニの企てたサボイア遠征に呼応するジェノバ蜂起(ほうき)に加わった。その失敗後、欠席裁判死刑判決を受けて南米亡命。そこで、ウルグアイの独立運動のために、イタリア軍団を率いてブラジルと戦った。48年の第一次イタリア独立戦争に際して帰国し、義勇軍を率いてオーストリア軍と戦い、翌年ローマ共和国の防衛で国民的な英雄となる。ローマ共和国崩壊後、アメリカに亡命し、商業などを営み、54年イタリアに戻り、カプレラ島に居を構えた。この時期に、状況判断を欠く蜂起活動を繰り返すマッツィーニと決別し、ビットリオ・エマヌエレ2世のサルデーニャ王国に接近し、ラ・ファリーナGiuseppe La Farina(1815―63)が結成した穏和な統一運動を志向する「国民協会」の名誉副会長となった。

 1859年の第二次独立戦争では、サルデーニャ王国軍の将軍に任命され、義勇軍「アルプス狙撃(そげき)隊」を率いてオーストリア軍と戦い、勝利を収めた。ビラフランカの講和後、サルデーニャ王国に不満を表明して将軍を辞し、カブールによる、生まれ故郷ニースのフランスへの割譲に激しく抗議した。60年4月、シチリア島のパレルモを中心に起こった反ブルボン家の民衆蜂起を支援する遠征隊「千人隊」(別名「赤シャツ隊」)を、クリスピなどとともにジェノバで組織した。同年5月6日、ジェノバのクワルトを出発した千人隊は、同11日にシチリア島西部のマルサラに上陸し、15日にはシチリア農民の参加を得て、圧倒的に優勢なブルボン軍に勝ち、27日にはパレルモを解放した。その後、大陸部に渡り南部イタリアを解放し、10月26日、カブールの派遣したビットリオ・エマヌエレ2世にその解放地を献上して、カプレラ島に引退した。61年にイタリア王国が成立したが、彼はローマとベネチアを欠く統一に満足せず、翌年に南イタリアのアスプロモンテで、さらに67年にローマ近郊のメンターナで武力行動に出たが、いずれも失敗に終わった。71年、フランス第三共和国をプロイセン軍の攻撃から守るために、義勇軍を率いてディジョンで戦った。これが彼の最後の戦闘であった。その後、イタリア王国議会の下院議員に選出され、民主勢力の組織化などに従事した。82年6月2日没。

 リソルジメント(イタリア統一運動)において彼の果たした役割はとりわけ軍事的なものである。しかし、名誉や地位を求めないその庶民的な個性は、イタリア国民を魅了し、いまなお国民的英雄として語り継がれている。また、彼は単にイタリアの英雄であるばかりでなく、ロシアに対するポーランドの戦い、ドイツに対するデンマークの戦いなどを支持したことから、国際的な名声を得るに至った。

[藤澤房俊]

『森田鉄郎著『イタリア民族革命――リソルジメントの世紀』(1976・近藤出版社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ガリバルディ」の意味・わかりやすい解説

ガリバルディ
Garibaldi, Giuseppe

[生]1807.7.4. ニース
[没]1882.6.2. カプレラ島
イタリアの愛国者,ゲリラ戦指導者。青年時代に G.マッツィーニの指導する青年イタリアに加盟して,国家統一運動を推進。 1834年ジェノバ港で民衆革命を起そうとしたが,発覚したため亡命し,欠席裁判で死刑の宣告を受けた。 36~48年南アメリカで亡命生活をおくり,そこでゲリラ戦を身につけた。 48年革命の際イタリアに戻り,49年のローマ共和国防衛戦を指揮して名をあげ,ローマ陥落後は,イタリア各地を転戦し,再びアメリカ合衆国に亡命した。 54年帰国を許され,60年 C.カブールの政策に反対して義勇軍 (赤シャツ千人隊) を組織し,シチリアと南イタリアに渡り,独裁政権を樹立。しかしサルジニア王国軍が進攻してきたため,シチリアと南イタリアをビットリオ・エマヌエレ2世に献上して,みずからはカプレラ島に隠遁。その後,62,67年と数度にわたって兵を起し,ベネチアとローマの奪回を試み,また 70年の普仏戦争に際しても,義勇軍を率いてフランス軍に参加,その名をあげ,フランス国民議会の一員に選出された。 74年イタリア議会議員となり,その2年後公職生活から引退した。

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