出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
ポーランドの軍人。ワルシャワの士官学校を卒業。1776~83年にアメリカ独立戦争に参加し、ウェスト・ポイントの要塞(ようさい)工事で功績をあげた。帰国後、ポーランド軍の司令官に就任し、「五月三日憲法」(1791)の制定に反対して侵入したロシア軍と戦い、一時的に勝利を収めるが、第二次ポーランド分割後、国外に亡命した。94年3月クラクフで独立蜂起(ほうき)が起こると独裁官に就任し、農民兵を含む部隊を率いて、ラツワビツェでロシア軍を破った。同年5月、農民の協力を得るために、農奴制の廃止をうたった「ポワニェツ宣言」を発布した。しかし、ロシアとプロイセンとの連合軍に圧倒され、同年10月マチェヨビツェの戦いで負傷し、ロシア軍の捕虜となった。のち釈放され、97年にアメリカに渡り、翌年からパリに居住するが、ナポレオン1世のポーランド政策には反対した。晩年はスイスで余生を送った。
[安部一郎]
『コシチューシコ著、中山昭吉訳『民族解放と国家再建によせて』(1972・未来社)』
1746~1817
ポーランド愛国主義の英雄。ワルシャワとパリの士官学校を出て,アメリカ独立戦争に参加。1784年に帰国し,92年の対ロシア戦に従軍。降伏に抗議して除隊し,ザクセンで蜂起を準備。94年蜂起軍最高司令官として,農民を加えた民族蜂起を指導(コシチューシコ蜂起)。負傷し捕虜となるが,96年に釈放され,のちパリに移住。ナポレオンには信頼をおかず,協力を拒む。農民を含めた民族蜂起による共和主義的ポーランドの再興を構想した。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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