コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ナーシル・ウッディーン Nāṣir al-Dīn Shāh

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ナーシル・ウッディーン
Nāṣir al-Dīn Shāh

[生]1831.7.17. テヘラン
[没]1896.5.1. テヘラン
イラン,カージャール朝第4代の王 (在位 1848~96) 。父ムハンマド・シャーの没後,若くして即位。宰相ミールザー・タキー・ハン (→アミーレ・カビール ) の補佐を受け進歩的な財政・軍事改革に着手したが,タキー・ハンの失脚後は,対外的には絶対専制君主として統治した。 1856年ロシアのあと押しで,アフガニスタンのヘラート併合を策したが,イギリスの圧力により,57年のパリ条約でアフガニスタン王国を承認,シースターンとバルチスタン方面においても国境が画定された。対内的には,拡大しつつあったバーブ教運動を 50年のバーブの処刑とその後の弾圧によって抑圧し,またヨーロッパの近代的な諸制度や諸科学を取入れて,治安の確保に努めた。しかし,その独断的な専制政治と3度のヨーロッパ旅行などによる国庫の枯渇は,国民の反感を買い,96年暗殺された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

ナーシル・ウッディーン

生年月日:1831年7月17日
イランのカージャール朝第4代の王(在位1848〜96)
1896年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

ナーシル・ウッディーンの関連キーワードアミーヌッ・スルターンジューズジャーニーミスカワイフトゥーシー生年月日バルバン

今日のキーワード

OAR

2018年の平昌五輪に国家資格ではなく個人資格で参加したロシア国籍の選手のこと。「Olympic Athlete from Russia(ロシアからの五輪選手)」の略。14年ソチ五輪での組織的なドーピ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android