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ニカイア帝国 ニカイアていこく Nikaia; Nicaea

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ニカイア帝国
ニカイアていこく
Nikaia; Nicaea

第4次十字軍によるビザンチン帝国の首都コンスタンチノープル占領後,ラスカリス家のテオドルス(→テオドルス1世)により小アジアニカイアに樹立された独立帝国(1204~61)。ヨハネス3世テオドルス2世ヨハネス4世ミカエル8世の諸帝を輩出。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ニカイア帝国
にかいあていこく

第4回十字軍によるコンスタンティノープル占領後、1204年に小アジアのニカイアNicaeaに樹立されたビザンティン帝国亡命政権テオドロス1世(在位1204~22)、ヨハネス3世(在位1222~54)、テオドロス2世(在位1254~58)、ヨハネス4世(在位1258~61)およびミハイル8世(在位1259~82)の諸皇帝により、政権の確立、維持、拡張が行われた。ミハイル8世治下にビザンティン帝国を再興し、パレオロゴス朝を開く礎(いしずえ)を築くに至った。国内的には農業と産業を奨励し、国力の回復を図った。対外的にはスルタン・ルム王国軍を破り(1211)、ラテン帝国と和平条約を締結した(1214)。さらに西ヨーロッパの反ビザンティン連合軍をペラゴニアの戦い(1259)で破り、その存在を不動のものにした。文化的にもニカイアは古代のアテネに比せられるほど学芸が栄え、数多くの文人や学者を輩出した。[和田 廣]

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