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ネミロビチ・ダンチェンコ ネミロビチダンチェンコ

百科事典マイペディアの解説

ネミロビチ・ダンチェンコ

ロシアの演出家。早くから劇作,小説,評論などに活躍。1898年スタニスラフスキーモスクワ芸術座を創設。文芸部の主軸として,チェーホフゴーリキーなどの創作戯曲を送り出し,西欧近代劇の移殖に努めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ネミロビチ・ダンチェンコ
ねみろびちだんちぇんこ
Владимир Иванович Немирович‐Данченко Vladimir Ivanovich Nemirovich-Danchenko
(1858―1943)

ロシアの演劇指導者。12月23日ジョージアグルジア)のオズルゲトゥイの軍人の家に生まれる。チフリス(現、トビリシ)で過ごした幼少年時代から素人(しろうと)芝居に加わり、モスクワ大学物理・数学科に学ぶ(1876~1879)。初め小説、戯曲、劇評の分野で活躍。彼の戯曲は人気を集め、アレクサンドリンスキー劇場、マールイ劇場などで上演された。やがて従来の劇場芸術に飽き足らなくなり、モスクワの音楽愛好(フィルハーモニー)協会の音楽演劇学校で俳優教育にあたり(1891~1901)、クニッペル・チェーホワ、メイエルホリドら多くの人材を育てた。1896年には戯曲『人生の価値』にグリボエードフ賞が授与されたが、チェーホフの『かもめ』こそが賞をもらうべきだとして受賞を辞退した。1898年、演劇界の旧弊、スター主義、芝居がかりの演技を排したリアリズム演劇の創造を目ざして、スタニスラフスキーとともにモスクワ芸術座を創設。『かもめ』をはじめとするチェーホフ戯曲、『どん底』などのゴーリキー戯曲を演出し、イプセン、ハウプトマンら西欧近代劇を移植し、世界の近代劇運動に一時代を開いた。革命後も劇作家や俳優の養成にあたり、古典の新演出などで注目され、演劇と音楽の総合を目ざして研究劇場を創設したりして演劇界で指導的役割を果たした。『過去から』(1938)などの著作がある。1943年4月25日モスクワにて没。[中本信幸]
『ネミロビッチ・ダンチェンコ著、内山敏訳『モスクワ芸術座の回想』(1953・早川書房)』

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