ハンガリー動乱(読み)ハンガリーどうらん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ハンガリー動乱
ハンガリーどうらん

1956年 10月にブダペストの学生,労働者のデモをきっかけとして起り,約2ヵ月間続いた暴動。ポーランドにおける十月政変に刺激されたハンガリーの大衆が同月 23日ナジ内閣の樹立とソ連軍の撤退を要求してデモを行い,治安警察と衝突。しかし,軍隊や警察まで大衆側に同情的で鎮圧が困難となり,その結果 24日ナジ内閣が成立,25日にはカーダールが党第一書記となった。 24日にソ連は暴動鎮圧のための第1次軍事介入を行なったが,それはナジの前任者ヘゲデュシュ首相の要請によるもので,ナジは事後承諾を与えたようである。 30日にソ連は過去の政策を反省する政府声明を発表,撤兵を表明したが,同時に国境を越えて増援部隊を注入しはじめた。他方反乱側の主導権は次第に右派の手に移り,その要求に押されてナジ政府は 11月1日にワルシャワ条約機構 WTOからの脱退,中立宣言,国連による保障要求を発表した。東欧各国への事態の波及とスエズ戦争への自国の影響力の弱体化を恐れたソ連は,4日に本格的な第2次軍事介入を開始した。同時にカーダールが1日に社会主義労働者党を創設し,「革命労農政府」を樹立したことが発表された。それ以降 12月にかけてソ連の徹底した軍事行動が行われ,反乱は多くの死者を出して鎮圧された。ナジは一時ユーゴ大使館に逃れたが,連れ出されて処刑された。 (→ペテーフィ・クラブ )  

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大辞林 第三版の解説

ハンガリーどうらん【ハンガリー動乱】

1956年、積年のスターリン体制に反対してハンガリーの首都ブダペストを中心に市民が蜂起し、それをソ連軍が鎮圧した事件。反スターリニズム運動の国際的拡大の発端となった。

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精選版 日本国語大辞典の解説

ハンガリー‐どうらん【ハンガリー動乱】

一九五六年ハンガリーで起こった反スターリニズムの動乱。同年二月のスターリン批判をきっかけとして、ハンガリーではラーコシ独裁に対する不満がたかまり、一〇月ブダペストで反政府デモが勃発、ソ連軍が介入したが、反政府派に押されて首相となったナジが、ワルシャワ条約機構からの脱退、複数政党制の復活などを声明したため、ソ連は再び軍事介入してナジを追放、カーダールを首班とする政権を立てて、事態を収めた。ハンガリー事件とも。

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