ハンタウイルス

デジタル大辞泉 「ハンタウイルス」の意味・読み・例文・類語

ハンタウイルス(hantavirus)

ブニヤウイルス科ハンタウイルス属のウイルスの総称。ネズミなど齧歯げっし類を媒介して人に感染し、ハンタウイルス肺症候群腎症候性出血熱などを起こす。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

内科学 第10版 「ハンタウイルス」の解説

ハンタウイルス(ー 鎖 RNAウイルスによる感染症)

(6)ハンタウイルス(hantavirus)
 ハンタウイルスは,腎障害と出血を主徴とする腎症候性出血熱(hemorrhagic fever with renal syndrome:HFRS)および,急性呼吸障害を主徴とするハンタウイルス肺症候群(hantavirus pulmonary syndrome:HPS)の両疾患を引き起こす病原微生物である.HFRSは朝鮮戦争時に兵士の間で流行したため韓国型出血熱ともよばれるが,それ以前より中国やロシア,東欧などで風土病として恐れられていた.1978年にセスジネズミから本疾患の原因ウイルスがはじめて分離され,その後,ユーラシア大陸に分布している齧歯類が数種類の近縁の病原ウイルスを保有していることが判明した.一方,1993年に米国南西部で突然出現し,急激な肺水腫をきたして約50%の致死率を招いたHPSも,ユーラシア大陸で見つかっていたのとは別のハンタウイルスが原因であることが判明した. HFRSおよびHPSは,ハンタウイルスの自然宿主である齧歯類が直接媒介する人獣共通感染症であり,多くは齧歯類の糞尿からエアロゾルとなったウイルスを吸い込んで感染する.基本的にはヒトからヒトへの感染はないと考えられている.
病因
 ハンタウイルスは,クリミア・コンゴ出血熱ウイルスやリフトバレー熱ウイルスなどと同じブニヤウイルス科に属する,3本分節の−鎖RNAウイルスである.直径約100 nm球形エンベロープを有している.現在,30種類以上の遺伝子型に分類されており,ウイルスの型によって病型や重症度,流行地,自然宿主となるネズミの種類などが異なっている(表4-4-9).
疫学
 HFRSを起こすハンタウイルスはユーラシア大陸全域に分布しており,中国では年間数万人,韓国や北欧,東欧などでは年間数百人のHFRS患者が発生している.日本国内では,1960年代に大阪市梅田地区での流行(119名,死亡2名)や1970〜1984年にかけて全国各地の実験用ラットからの感染事例(126名,死亡1名)があり,いずれも軽症のソウル型の感染であったと考えられている. HPSを起こすハンタウイルスは北米中南米に分布し,散発的にHPS発病例が報告されている.米国では2010年末までに560名の患者が確認されており,その死亡率は36%であったと報告されている.
病態生理
 HFRSでは腎臓で,HPSでは肺での毛細血管の透過性が亢進して血漿が血管外に漏出する.ウイルスは血管内皮細胞に感染しているが直接の細胞傷害はきたさず,免疫反応による炎症性サイトカインなどが病態に大きく関与していると考えられている.
臨床症状
 HFRS,HPSともに感染後1~5週間の潜伏期を経て,突然の発熱や頭痛,筋肉痛,消化器症状(腹痛嘔吐・下痢)などのインフルエンザ様の症状で発症する.
 HFRSは,軽症型ではこれらの前駆症状と軽度の血尿や蛋白尿がみられる程度で軽快することが多いが,重症型では数日後に血圧が低下してショック期となり,その後乏尿期となって腎不全を呈する.血小板減少と凝固異常も進行し,出血傾向(皮膚や粘膜の点状出血から重症例では消化管出血など)や後腹膜への血漿漏出による背部痛をしばしば認める. HPSは,発症直後より咳が出現し,その後心肺症状期へと移行して急速に呼吸困難徴候(頻脈・頻呼吸)を呈してくる.胸部X線写真では間質性陰影から両側びまん性の浸潤影が急速に進行し,胸水貯留がみられる場合もある.呼吸不全の進行はきわめて急速で,24時間以内に人工呼吸管理が必要となることも多い.
鑑別診断
 血小板数減少を伴う発熱があり,腎症候や心肺症候がみられたら,ネズミとの接触の可能性を考慮する.鑑別疾患としては,デング熱,リケッチア症,レプトスピラ症,腎盂腎炎などがあり,HPSではインフルエンザなどのウイルス性肺炎や非定型肺炎,ニューモシスチス肺炎,急性間質性肺炎,敗血症を伴う急性呼吸促迫症候群(ARDS)も鑑別にあがる.
検査成績
 HFRS,HPSともに,血液所見で,血小板数の減少,左方移動を伴う白血球増多,異型リンパ球の出現,ヘマトクリットの上昇がみられる.特に血小板数の減少は早期からみられる.検尿所見では,蛋白尿や血尿がみられる.病初期から抗ウイルスIgM抗体の上昇が認められ,診断に有用である.RT-PCRによる血中ウイルスRNA検出も可能だが,抗体検出の感度より劣る. 本症は感染症法の四類に指定されており,診断した医師は7日以内に保健所に届出義務がある.
治療・予防
 対症治療が中心となり,特に体液バランスの管理を病期に合わせて細かく行う必要がある.重症例においては,HFRSでは透析療法が,HPSでは集中治療室での人工呼吸管理が必要となる.[藤井 毅]
■文献
DH. Kruger, G. Schonrich, et al: Human pathogenic hantaviruses and prevention of infection. Human Vaccines, 7: 685-693, 2011.
Mohammed Mir: Hantaviruses. Clin Lab Med, 30: 67–91, 2010.
有川二郎: ハンタウイルス.臨床と微生物,37:117-123, 2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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