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ハーバート家 ハーバートけHerberts

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ハーバート家
ハーバートけ
Herberts

イギリスの貴族の家系。ウェールズ南東部の出身。15世紀にウィリアム(1423頃~69)が,バラ戦争においてヨーク派のエドワード4世に仕えた功により,1468年ランカスター派のジャスパー・チューダー(のちのヘンリー7世の叔父)から没収したペンブルック伯爵位を授けられた。南ウェールズ司法長官を務めたその子の 2代伯ウィリアム(1460~91)は,1479年ペンブルック伯爵位をハンティンドン伯爵位(→ハンティンドン〈伯家〉)と交換したが,後嗣なく没した。初代伯の孫ウィリアム(1506頃~70)は,1549年の西部反乱や 1554年のトマス・ワイアットの反乱の鎮圧に功をあげ,カレーの総督も務めた新教徒で,1551年あらためてペンブルック伯家を興した。3代伯ウィリアム(1580~1630)は,植民地事業に関係したり宮内卿を務めたりした文化人で,オックスフォード大学学長にもなり,詩人であり文学者のパトロンであった母メアリー(1561~1621。→ペンブルック伯夫人)と同じく詩人たちを庇護し,ウィリアム・シェークスピアの第1フォリオ版を献呈された。4代伯フィリップ(1584~1650)はその弟で,侍従や宮内卿を務めたが,清教徒革命では議会派につき,国務委員に就任した。その子の 5代伯フィリップ(1619~69)のあとは 5代伯の 3人の子が次々に継承したが,三男の 8代伯トマス(1656~1733)は,穏健派トーリー党員(→トーリー党)として,名誉革命後からハノーバー朝初期の時代に,海軍長官,ライスワイク条約の全権大使,スコットランドとの合同委員,枢密院議長などを歴任。9代伯ヘンリー(1693~1751)は,ウェストミンスター橋その他の橋や建造物に力を入れ,「建築伯爵」と呼ばれた。ペンブルック伯家とは別の傍系には,ポーイス男・伯・侯爵家(→ポーイス〈伯・侯家〉)の系列もある。

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