ハーマン(Bernard Herrmann)(読み)はーまん(英語表記)Bernard Herrmann

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ハーマン(Bernard Herrmann)
はーまん
Bernard Herrmann
(1911―1975)

アメリカの映画音楽作曲家、指揮者。ユダヤ系ロシア移民の子としてニューヨークに生まれる。実作品を通じて映画音楽の美学的可能性を追求し、ドイツ系作曲家が支配していたハリウッド映画音楽にアメリカ固有の音楽表現をもたらした先駆者。幼いころからバイオリンを習い、13歳でベルリオーズ著『近代の楽器法と管弦楽法』 Traité d'Instrumentation et d'Orchestration(1844)を読んで一念発起し、音楽の道に進むことを決意。ニューヨーク大学でアルバート・ストーセルAlbert Stoessel(1894―1943)に指揮を師事、その後、ストーセルの強い薦(すす)めでジュリアード音楽院に移り、アーロン・コープランドらの知己を得た。ふたたびニューヨーク大学に戻り、パーシー・グレインジャーPercy Grainger(1882―1961)の講義に出席。卒業後の1933年にはニュー・チェンバー・オーケストラを指揮して指揮者デビューを飾り、翌1934年、CBS放送局に音楽アシスタントとして入社。CBS交響楽団指揮者および番組編成者として辣腕(らつわん)をふるった。放送現場で知り合ったマーキュリー劇団の主宰者オーソン・ウェルズ意気投合。1938年、ウェルズ演出・出演およびハーマン音楽のラジオドラマ『宇宙戦争』では、そのリアリティゆえに聴取者が本当に宇宙人が襲来したと誤解し全米がパニックに陥った。この余勢を駆ってウェルズがハリウッドに進出した監督第一作『市民ケーン』(1941)でもハーマンが音楽を担当、映画音楽作曲家としてのデビューを果たし、同年手がけた『悪魔の金』で初のアカデミー最優秀作曲賞を受賞した。

 CBS交響楽団の指揮を務めながらウェルズ監督第二作『偉大なるアンバーソン家の人々』(1942)およびウェルズ主演作『ジェーン・エア』(1944)などの音楽を担当したが、放送局の縮小にともない1951年にCBS交響楽団の指揮者の職を失ったハーマンはハリウッドで本格的な活動を開始。20世紀フォックス音楽部長だったアルフレッド・ニューマンAlfred Newman(1901―1970)に認められ、『地球の静止する日』(1951)、『キリマンジャロの雪』(1952)、『十二哩(マイル)の暗礁の下に』(1953)などのフォックス作品に優れた音楽を提供した。1955年、『ハリーの災難』で初めて組んだアルフレッド・ヒッチコック監督と息の合った共同作業を開始。『知りすぎていた男』(1956)、『めまい』(1958)、『北北西に進路を取れ』(1959)、『サイコ』(1960)、『マーニー』(1964)など、ハーマンの音楽はヒッチコックのサスペンス演出において重要な役割を占めるようになった。このほか、同時期の重要な仕事として、レイ・ハリーハウゼンが制作した『シンドバッド七回目の航海』(1958)、『アルゴ探険隊の大冒険』(1963)などの特撮物、およびテレビ番組「ミステリー・ゾーン」(1959~1965)があげられる。

 1966年、『引き裂かれたカーテン』の音楽がヒッチコックにより却下され、10年におよんだ共同作業は決裂。失望したハーマンはロンドンに移住し、指揮活動に専念。しかしフランソワトリュフォーやブライアン・デ・パルマなど、ヒッチコックを信奉する監督に請われ、前者のために『華氏(かし)451』(1966)、『黒衣の花嫁』(1968)、後者のために『悪魔のシスター』(1973)、『愛のメモリー』(1976)の音楽を作曲した。1975年、マーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』(1976)録音作業のため、久方ぶりにハリウッドに戻ったが、同作の録音を完了した晩に心臓発作で永眠した。

 印象的な主題曲を鳴らすのではなく、音楽を用いて映画のなかに内在する劇的構造や深層心理を明らかにし、もっとも効果的な手段で観客に伝えることが、ハーマンのすべての作品を貫く方法論である。演出や撮影といった要素と同じレベルで、音楽が映画評論の対象となりえたのは、ひとえにハーマンの優れた映画音楽が存在したからである。また、映画作家や作曲家への影響にとどまらず、エサ・ペッカ・サロネンEsa-Pekka Salonen(1958― )やクレメラータ・バルティカ(ラトビア出身のバイオリニスト、ギドン・クレーメルが1997年に設立した室内管弦楽団)による演奏や、多くのロック・ミュージシャンもハーマンの楽曲を好んでカバーしていることは注目に値しよう。先鋭的なコード進行とリズムの使用、瞬時のうちに耳をとらえる考えぬかれたオーケストレーションを特徴とするハーマンの作品は、映画音楽という狭い枠を超え、20世紀アメリカが生みだした一つの文化的現象である。

 カンタータ「白鯨」(1938)、「交響曲」(1941)、オペラ「嵐が丘」(1951)などの演奏会用作品はいずれも自作自演の録音が残されているほか、イギリス、デッカ・レコードの録音にコンサート指揮者としての在りし日のハーマンを聴くことができる。

[前島秀国]

『Steven C. SmithA Heart at Fire's Center; The Life and Music of Bernard Herrmann (1991, University of California Press, Berkeley)』

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