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バルカン諸国史 バルカンしょこくし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バルカン諸国史
バルカンしょこくし

バルカン半島に位置するユーゴスラビア,ブルガリアアルバニア,ギリシア,ルーマニアおよびトルコのヨーロッパ部を含む諸国の歴史。ハルシュタット文化期 (鉄器時代前期) からトラキア人,スキタイ人,イリュリア人の居住が確認され,特にイリュリア人はバルカン諸国の民族,文化の基層をなしていると考えられる。前2千年紀にギリシア系諸族が南下,またラ・テーヌ文化期 (鉄器時代後期) にケルト人 (ガラテヤ人) が侵入。次いでローマ帝国の支配が及び (前2~後2世紀) ,4世紀末からビザンチン帝国領となったが,6世紀頃から南スラブ人 (セルビア人,クロアチア人,スロベニア人) ,7世紀末ブルガール人,9世紀末マジャール人,13世紀ブラフ人 (ルーマニア人) が進出,中世においてはビザンチン帝国,ブルガリア帝国,ハンガリー王国,セルビア王国などが覇権を争った。ハンガリーの支配下に入った地域を除き,ギリシア正教会の影響が浸透。 14世紀以降オスマン帝国の支配下に入り,アルバニアなどがイスラム化された。民族主義の台頭とオスマン帝国の衰退によって,1829年ギリシア,78年セルビア,モンテネグロ,ルーマニア,1908年ブルガリアがそれぞれ独立した。ただしベッサラビアはロシア帝国,クロアチア,ダルマチア,ボスニア,ヘルツェゴビナはオーストリア=ハンガリー帝国に併合され,マケドニアはオスマン帝国の支配下にとどまった。その後マケドニア分割問題からバルカン戦争が勃発,この間にアルバニアが独立した。しかし,これら諸民族間の対立抗争と独立運動は列強の介入を招き,バルカン半島が第1次世界大戦の発火点となった。同大戦でロシアに革命が起り,オーストリア=ハンガリー帝国が解体し,オスマン帝国が敗退するや,ルーマニアがベッサラビアとトランシルバニアを獲得,セルビアを中心に南スラブ人の統一王国が誕生 (1929年ユーゴスラビア王国と改称) ,マケドニアはこの国家とギリシア,ブルガリアの間で分割された。第2次世界大戦に際してはルーマニア,ブルガリアが枢軸側,ユーゴスラビア,アルバニア,ギリシアが連合国側に立って戦い,トルコは中立を守った。戦後ギリシア,トルコを除き,いずれも社会主義圏に参加したが,まずユーゴスラビアが離反,次いで 61年に中ソ論争をきっかけとしてアルバニアが離反,また同じ頃からルーマニアの自主路線が目立ちはじめ,ソ連に忠実なのはブルガリアのみとなっていた。 89年以降東欧改革の波が押寄せ,政治的多元主義,市場経済の導入がなされる一方,民族主義の高まりもみられ,旧ユーゴスラビアの解体とそれに伴う内戦は,周辺諸国にも緊張を生んでいる。

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