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バーレーン Bahrain

翻訳|Bahrain

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バーレーン
Bahrain

正式名称 バーレーン王国 Mamlakat al-Baḥrayn。
面積 757km2
人口 132万5000(2011推計)。
首都 マナーマ

ペルシア湾の入り海バーレーン湾にある大小あわせて 30以上の島々からなる国。東のカタール半島と西のサウジアラビアのハサ地方に挟まれる。隣国カタールとは 1930年代からいくつかの地域の領有権を争ってきたが,ハワール諸島については 2001年に国際司法裁判所 ICJが正式にバーレーン領であるとの裁定をくだした。湿度は高いが降水は乏しく,ほとんど冬季に集中して年間平均 76mm。砂漠性気候であるが,バーレーン島北部,北東部に湧水があり,狭いナツメヤシや野菜園の地帯がある。そのほかの土地は植生に乏しい。住民の大多数はイスラム教徒のアラブ人で,アラビア語を使用。その他,インド人,パキスタン人,イラン人,イギリス人などが居住する。先史時代から住民がおり,おそらく前3千年紀のシュメール時代にさかのぼる遺跡があり,アッカド語文献に現れるディルムン Dilmunはバーレーンをさすとされている。諸島はペルシア,ギリシア,ローマの地理学者や歴史家によっても言及されている。7世紀のイスラムの征服以来,アラブ系イスラムの支配下にあったが,16~17世紀にポルトガル,17~18世紀にペルシアに占領された。1783年以来アラビア本土出身のハリーファ家の首長に支配されてきた。1820年,イギリスとの最初の条約が締結され,1861年イギリスの保護国となった。1971年独立を宣言,国際連合に加盟した。1932年にバーレーン島中央部にあるジャバル・ドゥハーンで石油が発見され,その利権収入が国家財政を支えており,都市の近代化が進み,医療と初等教育も無料となっている。石油の枯渇に備えて,1970年代後半からアルミニウム精錬,海外金融の推進など経済の多様化をはかっている。

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知恵蔵の解説

バーレーン

西アジアのイスラム王国。ペルシャ湾の西岸に位置し、首都マナマのあるバーレーン島など33の島からなる。国名のバーレーンは、淡水(地下水)と塩水(海水)の「複数の海」という意味。面積は約700平方キロメートルで、東京都の3分の1程度に過ぎない。人口110万人(2008年現在)のうち、アラブ系住民は6割ほどで、残りはインド人、パキスタン人、フィリピン人など。宗派別では、シーア派が約7割を占める。
国の経済は、1932年に油田が発見されて以来、原油の輸出に依存してきた。しかし埋蔵量が乏しいため、70年代から金融業、石油化学、アルミニウム精製、F1誘致による観光業等へと多角化を図り、石油依存体制からの脱却を進めている。
バーレーンは地政学的な優位性により、古代ディルムン文明の時代から海上交易の一大拠点として栄えてきた。15世紀まではペルシャやイスラムの支配を受けたが、16世紀になるとポルトガルも侵入。その占領下に置かれたが、サファビー朝ペルシャがポルトガルを追放し、1602年から王朝最盛期のアッバース1世の治世下、シーア派による支配が始まった。これ以降、シーア派が多数派となった。
しかし18世紀後半になると、アラビア半島から移住してきたスンニ派のハリファ家一族が勢力を伸ばし、1783年にはその首長が新しい支配者になった。19世紀末、近隣の湾岸諸国とともに、バーレーンは英国の保護領となったが、首長による支配体制は事実上容認され、1971年の独立後もハリファ家が権力を保持し続けた。90年代半ばには、これを不満とするシーア派住民が反政府デモを起こしている。
現在(2011年3月時点)の元首は、ハリファ家ハマド国王である。親米のハマド国王は1999年の就任以来、民主化政策を進め、2002年には憲法改正によって立憲君主制へ移行させた。これによって首長国から王国となったが、憲法には、国王が司法・立法・行政・国防軍の全権を掌握すること、その王位は世襲されることなどが規定されている。国民議会は、評議院と代議院の二院制を採用している。しかし評議院の議員(40名)は、国王に全任命権があり、国民の投票で選出される代議院も、その選挙区は王家のスンニ派に有利に区分けされている。現在、最大野党のシーア派「イスラム国民統合協会」は18議席(定数40名)に過ぎない。主要閣僚や政府の要職もスンニ派によって独占されており、雇用機会でもシーア派は不平等な扱いを受けている。近年は若者の失業問題が深刻で、多数派を占めるシーア派住民の中では、さらなる民主化要求と王制の抜本的改革を求める声が高まっている。

(大迫秀樹  フリー編集者 / 2011年)

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

バーレーン

面積は奄美大島ほどで、人口は約120万人(うちバーレーン国籍保有者は約60万人)。立憲君主制で、二院制議会を設置。産油国だが埋蔵量は少なく、中東の金融拠点として発展した。1人当たり国内総生産は2万米ドルを超え、韓国や台湾を上回る。

(2012-05-02 朝日新聞 朝刊 2外報)

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デジタル大辞泉の解説

バーレーン(Bahrain)

西アジア、ペルシア湾西部にある国。バーレーン諸島からなり、首都マナーマ。英国保護領から1971年に独立。石油を産出。正式名称バーレーン王国。人口74万(2010)。バハライン。

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百科事典マイペディアの解説

バーレーン

◎正式名称−バーレーン王国al-Mamlaka al-Bahrayn/Kingdom of Bahrain。◎面積−720.14km2。◎人口−80万7000人(2010)。

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世界大百科事典 第2版の解説

バーレーン【Bahrain】

正式名称=バーレーン国Dawla al‐Baḥrayn∥The State of Bahrain面積=694km2人口(1996)=59万人首都=マナーマal‐Manāma(日本との時差=-5時間)主要言語=アラビア語通貨=バーレーン・ディーナールBahrain Dīnārペルシア湾のアラビア半島側に接する大小約33の島からなる国家。首都はマナーマ。アラビア語ではバフラインal‐Baḥrayn(〈二つの海〉)とよぶ。

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大辞林 第三版の解説

バーレーン【Bahrain】

西アジア、ペルシャ湾のバーレーン諸島から成る王国。立憲君主制。国土の大部分が砂漠で、石油を産出。住民はアラブ人。1971年イギリスから独立。中東の金融の中心の一つ。首都マナーマ。面積700平方キロメートル。人口70万( 2005)。正称、バーレーン王国。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バーレーン
ばーれーん
Kingdom of Bahrain英語
Mamlakat al-Bahraynアラビア語

西アジア、ペルシア湾西岸のバーレーン島を中心とする大小30余りの島々からなる王国。面積は741平方キロメートル。人口74万3000(2006推計)。国名は「二つの海」を意味している。「バハレーン」あるいは「バフレーン」とする表記のほうがアラビア語には忠実である。バーレーン島は、サウジアラビアの東の沖合い約24キロメートルに位置し、南北約50キロメートル、東西の最大幅20キロメートルの島で、北東端に首都のマナーマがある。この島の東に国際空港のあるムハッラク島と石油製品の積出し港のあるシトラ島がある。3島は架橋によって結ばれている。気候は、砂漠地帯特有の酷暑を伴う夏が5月から10月まで続き、真夏の気温は40℃を超え、湿度は85%以上に達する。12~3月の冬は平均気温が20℃前後でしのぎやすい。年平均気温は26.5℃、年降水量は81ミリメートルである。[高橋和夫]

歴史

遺跡の発掘調査によって古くからメソポタミアとインドを結ぶ中継貿易の重要な拠点であったことが知られてきた。聖書に記述のあるエデンの園はバーレーンであったという主張も一部ではなされている。その後ペルシア帝国の勢力圏に入るなどの経緯があって8世紀にはイスラム化した。16世紀に入るとポルトガル人がペルシア湾に姿を現すようになり、約1世紀にわたってバーレーンを支配した。
 1602年にペルシアのサファビー朝のアッバース1世(大王)がポルトガル人を追放して新しい支配者となった。これが後にイランがバーレーンへの領有権を主張する根拠となった。しかしペルシア人の支配は、1783年にアラビア半島からやってきたハリーファ家に率いられたウトゥーブ部族にとってかわられ、今日まで続くハリーファ家のバーレーン支配が始まった。その後ペルシア湾の覇者となったイギリスが、19世紀末にバーレーンを保護領とした。そして1971年にイギリスの撤退によって独立国となった。[高橋和夫]

政治・経済・社会

憲法や議会をもち、いちおうは立憲君主制の体裁をとっていたが、1975年に議会は解散され、その後はハリーファ家の専制政治が続いた。しかし、1999年3月にハマド・ハリーファが首長につくと、二院制議会の設置、女性の参政権などの民主化推進を約束した。2002年2月には憲法を改正、首長制を廃止し、王制に移行、首長のハマドは国王となった。さらに同年10月、29年ぶりに国会議員選挙が行われた。国民議会は上院にあたる諮問院と下院で構成される。諮問院の議員定数は40で国王が任命、下院は議員定数40で直接選挙により選出される。任期は4年。外交は、アメリカ、イギリス、サウジアラビアとの協調が基本であり、1981年に発足したペルシア湾岸の君主国家のグループである湾岸協力会議(GCC)の創設メンバーでもある。また1980年代にサウジアラビアとバーレーンを結ぶ全長25キロメートルの架橋が完成して両国の関係はいっそう密接になった。
 1990~1991年の湾岸危機・戦争ではアメリカ軍を中心とする多国籍軍に参加した。また基地や施設を提供して大きな役割を果たした。対外問題としてはGCCのメンバーであるカタールと領土紛争を抱えていたが、2001年3月国際司法裁判所の判決を受けて決着した。2007年の国防予算は5億3900万ドル、兵役は志願制で総兵力は8200。陸軍6000、海軍700、空軍1500となっている。
 かつては北部におけるオアシスの水を利用したナツメヤシ栽培などの農業および漁業、天然真珠採取などが伝統的な産業であった。しかし1930年代に日本製の養殖真珠が出回るようになるとバーレーンをはじめとするペルシア湾の真珠産業は壊滅的な打撃を受けた。さらに当時の世界恐慌による需要の低下がこれに追い討ちをかけた。かわってバーレーン経済を支えたのが石油であった。1932年にアラビア半島諸国では初めての石油生産が始まった。しかしその資源は枯渇しつつあり、石油生産は1970年代には低下を始めた。バーレーンは脱石油を目ざして石油化学やアルミ精錬の分野へと産業の多様化を進めてきた。金融業にも力を入れ、一時は中東の金融センターへ成長するのではないかという期待がかけられた。しかし、石油価格の低下によるオイル・マネーの減少、近隣国アラブ首長国連邦のドバイの発展、そして伝統的に中東の金融センターであったベイルートの復興などの不利な要因が重なり合い、将来を楽観できないのが現状である。
 2008年の国内総生産(GDP)は約210億ドル(IMF推計)、1人当りGDPは2万7247ドル、経済成長率は6.3%である。貿易額(IMF推計)は輸出191億7000万ドル、輸入156億4000万ドル。おもな輸出品目(2004)は石油、アルミニウム製品、石油化学製品、衣料品、おもな輸入品目は精製用原油、自動車、電気製品、機械・輸送機器、アルミナである。
 日本への輸出は石油、アルミニウム製品など約429億円、日本からの輸入は自動車、機械製品など約968億円で、バーレーンの輸入超過になっている。
 もともとの住民の大半はアラブ人であるが、インド、パキスタン、イランなどからの外国人労働者も多く働いている。総人口の3分の1程度は外国人である。公用語はアラビア語。人口の大半はイスラム教徒であり、その多数派はシーア派である。ハリーファ家などの支配層はスンニー派に属しており、支配・被支配の関係が宗派で規定されたかたちになっている。
 人口の急増、経済の停滞などの要因によって若年層の失業が重大な社会問題となっている。そうした状況を背景に湾岸戦争後には散発的ながら暴動や爆破事件が続いている。
 教育制度は小学校6年(義務教育)、中学校3年、高等学校3年の六・三・三制で、その上に大学(4年)、職業訓練専門学校(2年)がある。大学は国立のバーレーン大学、湾岸協力会議諸国管轄のアラビアン・ガルフ大学がある。[高橋和夫]
『日本貿易振興会編・刊『貿易市場シリーズ193 バハレーン・カタル』(1979) ▽チャールズ・D・ベルグレイヴ著、二海志摩訳『ペルシア湾の真珠――近代バーレーンの人と文化』(2006・雄山閣)』

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