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湾岸協力会議 わんがんきょうりょくかいぎ Gulf Cooperation Council; GCC

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

湾岸協力会議
わんがんきょうりょくかいぎ
Gulf Cooperation Council; GCC

湾岸の王制または首長制をとるアラブ6ヵ国が結成した地域協力機構。 1979年2月のイランイスラム革命,同年 12月のソ連のアフガニスタン侵攻,80年9月のイラン=イラク戦争の勃発などで安全保障上の危機を感じたサウジアラビアクウェートカタールバーレーンアラブ首長国連邦オマーンの6ヵ国が 81年2月にリヤードで会合,同年5月に発足させた。

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知恵蔵2015の解説

湾岸協力会議

サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、カタール、オマーンの6カ国が1981年に結成した地域協力機構。構成メンバーはすべて君主制の国であり、イバディー派のオマーン以外の支配層はスンニ派である。バーレーン以外はエネルギー輸出国。本来はイラン革命後の地域の不安定化に対処するために成立した組織であるが、加盟国の間には領土紛争を含む問題があり、その団結力には疑問符が付けられている。

(高橋和夫 放送大学助教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

わんがん‐きょうりょくかいぎ〔‐ケフリヨククワイギ〕【湾岸協力会議】

ジー‐シー‐シー(GCC)

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百科事典マイペディアの解説

湾岸協力会議【わんがんきょうりょくかいぎ】

Gulf Co-operation Council,略称GCC。ペルシア湾岸のアラブ王制産油国(クウェート,サウジアラビア,バーレーン,カタール,アラブ首長国連邦,オマーン)が参加して1981年5月に設立された地域協力機構。
→関連項目中東

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大辞林 第三版の解説

わんがんきょうりょくかいぎ【湾岸協力会議】

サウジアラビア・クウェート・アラブ首長国連邦・カタール・オマーン・バーレーンのペルシャ湾岸六か国による安全保障の性格をもつ地域機構。1981年設立。本部はリヤド。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

湾岸協力会議
わんがんきょうりょくかいぎ
Gulf Cooperation Council

略称GCC。ペルシア湾岸6か国(アラブ首長国連邦、バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア)による軍事・経済・文化・情報・社会・司法などの協力機構。事務局はサウジアラビアの首都リヤド。1981年5月、アラブ首長国連邦のアブ・ダビで開いた6か国首脳会議で設立を決定。1979年末から80年にかけてのイラン革命、ソ連のアフガニスタン侵攻、イラン・イラク戦争などへの危機感が契機となった。加盟国間の緊密な協力と協調を目ざし、集団防衛によって大国の介入なしに石油航路の安全を確保すること、また経済的統合などをも目的としている。1990年8月からの湾岸危機では反イラクの共同防衛体制をとり、91年の湾岸戦争後はアメリカ主導の軍事同盟に傾いた。しかしサウジアラビア・カタール、カタール・バーレーン間など加盟国内に領土紛争があり、1992年11月の国防相・外相会議にカタールが不参加。これを発端に1995年12月の首脳会議ではサウジアラビア国王が病気を理由に欠席、カタール首長も共同宣言の採択を拒否。1996年12月の首脳会談をバーレーンがボイコットするなど、内部対立をさらけ出した。2003年のイラク戦争でも、その対応について各国間で意見の統一ができなかった。一方、経済問題については、2003年に関税同盟の結成が決定している。また、日本はGCC諸国から大量の原油、天然ガスを輸入しており、日本とGCCの間で自由貿易協定FTA)交渉が進められていて、2006年にその初会合が行われた。[奥野保男]

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