古代インドのサンスクリットの説話集。〈5編の物語〉の意。原本は散逸して現存せず,原作者も年代も不明であるが,原本から多数の支本が生じ,数種の異本が伝わっている。発端物語すなわち全体の枠物語によれば,アマラシャクティ王の委嘱によって,賢明なバラモンのビシュヌシャルマンが,3人の王子に王者としての教育を授けるため,寓話に託して処世,統治,外交,倫理等の要訣を教えたということになっている。題名の示すように,〈朋友の分離〉〈朋友の獲得〉〈鴉(からす)と梟(ふくろう)の闘争〉〈獲得したものの喪失〉〈思慮なき行為〉という5編から成っているが,各編にはそれぞれ枠物語があって,その中に多くの挿話が含められ,散文に教訓的詩句を交えて語られている。
多数の支本のうちカシミールに伝わった《タントラークヤーイカTantrākhyāyika》は諸伝本の中で最も古い形を伝えるものといわれ,ベンガルに伝わった《ヒトーパデーシャ》(有益な教訓)は,ナーラーヤナ(10世紀ころ)が改編したもので広く普及した。西北インドに伝わった現存しない一本から,6世紀ころ中世ペルシア語のパフラビー語に翻訳されたものがあったというが,これも散逸して伝わっていない。ただしこれを基にしたシリア語訳(570ころ)とアラビア語訳(750ころ)があり,これらの訳本は原本に登場する2匹の豺(ジャッカル),カラタカとダマナカの名をとって《カリーラとディムナ》と呼ばれ,この題名は内容とともにその後の西方諸国語訳の起源をなした。15世紀にペルシア語に翻訳された《アンワーリ・スハイリー》も,東西諸国語に訳された諸本の基となっている。フランス語訳(1644)が《ピルパイ(またはビドパイ)の物語》と呼んでいるのは,サンスクリットのビディヤーパティvidyāpati(賢者)の転訛である。本書は早くから西方諸国に紹介され,東南アジア諸国にも流布して広く伝播し,これら諸国の説話文学に大きな影響を与えている。
執筆者:田中 於莵弥
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古代インドのサンスクリット説話集。原本は散逸、作者も年代も不明であるが、6世紀ごろには中世ペルシア語のパフラビー語に翻訳されたという。これも伝わらず、さらにシリア語に訳された(570ころ)ものは、原本に登場する二匹の豺(さい)、カラタカとダマナカの名をとり『カリーラとディムナ』とよばれ、ペルシア語、アラビア語、ギリシア語など西方諸国語の訳本はみなこの題名でよばれる。本書はアマラシャクティ王の命により、賢いバラモンのビシュヌシャルマンが3人の王子に王者としての教育を施すため、寓話(ぐうわ)に託して処世、統治、外交、倫理の要訣(ようけつ)を教えるというのが枠になっており、「朋友(ほうゆう)の分離」「朋友の獲得」「鴉(からす)と梟(ふくろう)の争闘」「獲得したものの喪失」「思慮なき行為」の五編からなり、各編はさらに多数の挿話を含み、散文に格言的詩句を交えている。サンスクリットだけでも数種の異本が伝わり、そのうちカシミールに伝わった『タントラーキヤーイカ』は、諸伝本のうちもっとも古い形を伝えるものといわれる。ベンガル地方に伝わった1本は『ヒトーパデーシャ』とよばれて大いに普及した。『パンチャタントラ』は東西五十数か国語に訳され、なかにはグリムの童話やラ・フォンテーヌの寓話に素材を提供している話も多い。またチベットや蒙古(もうこ)にも伝えられ、「猿の生き肝」(くらげ骨なし)や「二羽の白鳥と亀(かめ)」(雁(がん)と亀)のように、日本に伝わっている話もあるが、同じ話は仏教説話のなかにもみいだされるから、おそらく漢訳の仏典を通じて伝わったものと思われる。その内容、形式は東西諸国の説話文学に多大の影響を与え、世界文学史上重要な地位を占める。
[田中於莵弥]
『田中於莵弥・上村勝彦訳『アジアの民話12 パンチャタントラ』(1980・大日本絵画)』
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古代インドの説話集。初め王子達に対する処世の教訓としての5編の説話からなったといわれ,この書名が生まれ,6世紀には中世ペルシア語に訳された。しかし現存のものはその後に編纂されたもので,「ねずみの嫁入り」など世界的に有名な寓話が集められ,またサンスクリットの教科書として広く読まれた。これは『ビドパーイの物語』として西洋に知られ,説話文学史上重要な地位を占めている。
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… 世界文学の上から最も重要な意義をもっているのはインドの説話文学である。5編から成る教訓的説話集《パンチャタントラ》の原本は散逸したが,数種の異本により伝えられ,6世紀以後シリア語,アラビア語等に翻訳され,《カリーラとディムナ》あるいは《ピルパイの物語》の名で広く東西諸国に広がり,世界各国の説話文学に大きな影響を与えている。10万頌から成りパイシャーチー語で書かれたというグナーディヤ作の大説話集《ブリハット・カター》も原本は失われたが,要約本が数種伝わり,ソーマデーバの《カターサリットサーガラ》は最も有名である。…
…アラビア散文文学の最古の作品。ササン朝ペルシアのホスロー1世(在位531‐579)によってインドに派遣された医師ブルズーヤBurzūyaは,多数の医学書とともにサンスクリット語の寓話集《パンチャタントラ》を持ちかえった。これはやがて中世ペルシア(パフラビー)語に訳されたが,8世紀にイラン系のイブン・アルムカッファーがこれをさらにアラビア語に重訳したのが《カリーラとディムナ》である。…
…ルネサンス期フランスでは寓話として見るべき作品はないが,17世紀にJ.deラ・フォンテーヌが韻文による《寓話》(1668‐94)を刊行して伝統を一新した。ラ・フォンテーヌはイソップ寓話のみならずインドの《パンチャタントラ》その他からも題材を得て約240編のみごとな詩編を創造し,従来いわば一般的な世間知の集成であった寓話を個性的な芸術作品とした。以後フランスでは寓話といえばもっぱらラ・フォンテーヌの作品を指すようになり,現在にいたるまで彼の詩句そのままが暗誦されている。…
… ジャータカはインド各地の昔話や寓話にもとづいているため,共通の説話がヒンドゥー教やジャイナ教の聖典中にも見いだされる。これらの民話を集成した《パンチャタントラ》は,のちにシリア語やアラビア語に訳されて西方に伝播し,《イソップ物語》や《アラビアン・ナイト》,さらには《グリム童話》,J.deラ・フォンテーヌの《寓話》などに影響を与えた。また,日本へも前述の漢訳文献を通じて《今昔物語集》などに入っている。…
…動物寓話の形式をとった君主学の書であるサンスクリット文学の《パンチャタントラ》のギリシア語版。6世紀にパフラビー語訳,同世紀末にシリア語訳,8世紀にアラビア語訳されたのち,11世紀にシュメオン・セトにより,《カリーラとディムナ》と題されたアラビア語版からギリシア語版がつくられた。…
…仏教の説話文学として有名な〈ジャータカ(本生譚)〉や〈アバダーナ(譬喩譚)〉は,当時の民間説話を仏教化したもので,同じ内容をもつ説話はバラモン教系統の説話集にも多く見いだされる。 サンスクリットの説話集《パンチャタントラ》は,東西説話文学交流の上から最も重要な作品で,原本は散逸して作者,年代ともに不明であるが,多数の支本を生じ,多くの異本が伝わっている。カシミールに伝わった《タントラーキヤーイカTantrākhyāyika》は,諸伝本のうち最も古い形を伝えるものといわれ,またベンガルの伝本はナーラーヤナ(10世紀ころ)によって改編され《ヒトーパデーシャ(有益な教訓)》とよばれてひろく普及した。…
…本書の題名は〈有益な教え〉という意味で,大学者ビシュヌシャルマンがスダルシャナ王の愚かな王子たちのために,物語に託して処世の学を説くという体裁をとっている。内容は《パンチャタントラ》(5巻の書)の改作にほかならないが,本書は4巻であり,構成上の配慮がうかがわれる。また,《パンチャタントラ》の挿話の位置を変え,省いている場合もあるが,反対に新たに17編の挿話を加え,その間に含まれる教訓詩の数は,多大に増大しており,作者自身の作ったと思われる新しい詩節も含まれている。…
※「パンチャタントラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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