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ヒルゲンドルフ Hilgendorf, Franz Martin

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ヒルゲンドルフ Hilgendorf, Franz Martin

1839-1904 ドイツの博物学者。
1839年12月5日生まれ。明治6年(1873)政府の招きで来日。東京医学校(東大医学部の前身)予科で動植物学,鉱物学などを講義した。9年帰国,ベルリン動物学博物館につとめる。翌年江の島で手にいれたオキナエビス(長者貝)を新種として発表した。1904年7月1日死去。64歳。マルク-ブランデンブルク出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

ヒルゲンドルフ

没年:1904.7.1(1904.7.1)
生年:1839.12.5
明治期に来日したお雇い外国人ドイツ人動物学者。ブランデンブルクで生まれ,初め言語学を志し,のち動物学に転じた。第一大学区医学校(東大医学部の前身)に招かれて明治6(1873)年来日,同9年まで,日本で初めて本格的な近代動植物学を講義した。滞日中は魚類や海産無脊椎動物を研究し,生きている化石オキナエビスの発見が有名。ドイツ東亜博物学民族学協会の設立にも尽力した。弟子に魚類学の松原新之助,昆虫学の練木喜三がいる。緻密で優れた研究者だったが,帰国後は不遇だった。東京で毎朝,開場前に魚河岸に出かけて収集に努めたことが人柄をよく示している。

(磯野直秀)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヒルゲンドルフ
ひるげんどるふ
Franz Martin Hilgendolf
(1839―1904)

ドイツの動物学者。1859年ベルリン大学に入学、ついでチュービンゲン大学に移り、1863年学位を得た。その後ベルリン動物学博物館に勤務、1868年ハンブルク動物園長となる。1873年(明治6)明治政府に招かれて来日、文部省雇いとなり、東京医学校の教師として、予科で博物学を教えた。在日中、多数の魚類・貝類を採集、そのなかにはオキナエビスガイもあり、帰国後、彼が新種として学術誌に発表した。1876年帰国。ふたたびベルリン動物学博物館に勤務し、甲殻類・魚類に関するものなど100編以上の論文を発表した。ヨーロッパの動植物学を日本に移入した功績は大きい。[内田 謙]

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