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ヒルマン ヒルマン Hillman, Sidney

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヒルマン
ヒルマン
Hillman, Sidney

[生]1887.3.23. リトアニア,ザガレ
[没]1946.7.10. ロングアイランド
アメリカ労働運動家。 1907年アメリカに移住し,シカゴの縫製工場で働くとともに労働条件の改善などに取組んだ。彼が 10年に会社とかわした労働条件改善のための集団交渉協定は他社でも採用されるものとなった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版の解説

ヒルマン【Sidney Hillman】

1887‐1946
アメリカの労働運動指導者。リトアニアに生まれ,1907年渡米,シカゴで衣料会社に働くかたわら,組合指導者として頭角を現した。14年,合同衣類労働組合を創設,その初代議長に就任(‐1946)。35年AFL(AFL‐CIO)を脱退,CIO設立の中心的指導者として活躍し,その副議長(1938‐40)。労働者の票を背景として民主党内で重きをなし,一貫してフランクリン・ローズベルトを支持した。45年,世界労連の設立に尽力した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヒルマン
ひるまん
Sidney Hillman
(1887―1946)

アメリカの労働運動指導者。ロシアユダヤ人として生まれる。ストや革命運動参加で投獄を経験したのち、1907年に移民した。衣服工から組合活動に専念し、14年、合同衣服組合を組織して会長となり、終生その地位にあった。同組合では社会主義者が有力であり、彼もそれに近い立場で34年までAFL(アメリカ労働総同盟)に加入せぬまま、積極的かつリベラルな組合活動の新機軸を開いた。35年、ルイスとともにCIO(産業別組合会議)の前身である産業別組織委員会結成の中心となり、重工業部門の産業別大組合、活発な政治活動など現代アメリカ労働運動の方向をつくりだした。一方、F・D・ルーズベルトと親しく接触し、政府機関の諮問委員を歴任し、「労働者政治家」といわれた。[長沼秀世]

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