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ビュイッソン

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百科事典マイペディアの解説

ビュイッソン

フランスの教育家,政治家。パリ大学教授,下院議員となり,婦人参政権実現や,宗教と教育の分離などに尽力,今日でも高い評価を得ている《教育学辞典》編集に当たった。1927年ノーベル平和賞
→関連項目クウィッデ

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世界大百科事典 第2版の解説

ビュイッソン【Ferdinand Edouard Buisson】

1841‐1932
フランスの政治家,教育学者。パリのプロテスタントの家庭に生まれる。エコール・ノルマル・シュペリウールに入学するが病気のために退学し,独学で哲学の教授資格を取得する。その自由主義的思想から皇帝に対する宣誓を拒否し,スイスに亡命,そこでしばらく大学の教壇に立っていたが,普仏戦争が始まるとともにパリに帰り,戦争孤児収容所を開設した。1871年にパリ市初等教育視学官に任命され,79年には文部省の初等教育局長,さらに96年パリ大学ソルボンヌ校の初代教育学教授となる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビュイッソン
びゅいっそん
Ferdinand Edouard Buisson
(1841―1932)

フランスの教育学者、教育行政家。1866年よりスイス・ヌーシャテル大学で哲学を担当。1867年ジュネーブ平和会議に参加、「ヨーロッパ合衆国」の結成を主唱した。1879年、文相J・フェリーに登用されて文部省初等中等教育局長となり、師範教育制度の整備、公立小学校の無償化、義務教育制度の確立、宗教と教育の分離など、初等教育行政に大きな功績を残した。1890年には視学総監となり、この間『教育学辞典』Dictionnaire de pdagogie全7巻(1893)を刊行。1896年ソルボンヌ大学(パリ大学)教育学教授、ついで下院議員(1902~1914)に選ばれ、教育、平和、慈善事業に尽くす。1927年ノーベル平和賞をドイツのクビッデLudwig Quidde(1858―1941)とともに受賞した。[大江正比古]

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